2025年の健康食品を巡る問題と期待 【寄稿】サプリメント独自の法体系の整備と抜本的な制度改革を
東京大学名誉教授 唐木英明
エフェドリン混入問題の教訓
2025年の話題の1つは、医薬品である葛根湯を製造したラインに残留していた微量のエフェドリンが、同じラインで製造したサプリ原料に混入し、大規模回収が行われている事例である。このサプリは、無承認無許可医薬品として、薬機法違反になるのだ。ところがその混入量は、エフェドリンの1日最小有効量12.5mgの3000分の1から10万分の1程度という、鋭敏な分析法を使ってやっと検出できる微量であり、健康影響は考えられない。行政も、最も重い行政処分である「命令」ではなく、企業の「自主回収」としている。
この措置には釈然としない思いを持つ関係者は多い。それは、許容値がない「ゼロトレランス」の規制の不備であり、通常の分析法であれば検出できず問題がないものが、精度が高い分析法を使ったときには違反になるという、「運まかせの規制」の不合理である。さらに、食品の規制の最重要の目的は「健康被害の防止」だが、なぜ健康リスクがない微量まで法律違反とするのか、微量分析法が発達すると、多数の製品が法律違反になるのではないか、という疑問が生ずる。
表 医薬品と農薬の混入の規制

・PDE:Permitted Daily Exposure 一日暴露許容量
食品、サプリ、医薬品への医薬品と農薬の混入の規制について表にまとめる。食品・サプリに医薬品が混入した時だけ「奇妙な」規制が行われていることが分かる。分析精度については、一般に許容値が設定され、それ以下はゼロと見なす措置がとれている。にもかかわらず、食品・サプリへの医薬品混入に限って許容値がない。医薬品と共通の製造ラインもあるサプリが、食品と同一の扱いでいいのだろうか?今回の事例で明らかになったように、このことのデメリットや不公平は大きいのだが、サプリ業界から許容値設定の声が上がらないのはなぜだろう。
「奇妙な規制」の裏側にあるのは、医薬品を特別扱いにする「食薬区分」の原則である。しかし、食品とサプリは似て非なる存在であり、「食薬区分」という2分法では解決ができない。エフェドリン混入問題はこの課題の存在を明確に示した。そして、それは「サプリへの規制強化問題」に引き継がれていく。
規制緩和から強化への大転換
2024年に発生した、紅麹原料を含む機能性表示食品による健康被害事件の本質は、その原因が機能性関与成分そのものの毒性ではなく、製造工程における予期せぬ青カビの混入と、それに伴うプベルル酸の生成という「衛生管理上の事故」であった点である。ところが政府は、機能性表示食品制度自体の規制強化へと舵を切った。
機能性表示食品制度の最大の特徴は、国の「承認」ではなく、事業者の「届出」に基づく点にある。これは、米国のダイエタリーサプリメント制度をモデルにしつつも、「事前届出」というフィルターを残した折衷案であった。法的にはあくまで「食品」であり、医薬品のような強力な行政介入を受けない代わりに、市場原理と表示取締りという事後監視により規律されるはずであった。しかし、2025年の制度改正は、形式は「届出」のままでありながら、実質的には、行政が強力な監視権限を行使する「事実上の承認制」へと変質させようとしているのであり、自己責任に基づく「届出制」という制度を根底から覆すものである。
規制強化の整合性
規制強化は、以下の3点に集約される。① 錠剤・カプセル剤等の形状をとる機能性表示食品に対し、原料の受入から最終製品の出荷に至る全工程でGMPに基づく製造管理を義務付ける。② 医師が診断した健康被害情報について、因果関係が不明であっても速やかに報告することを法的義務とする。③ 最新の科学的知見に基づき、届出後も継続的に届出を評価・更新する。これらの施策は、消費者保護の観点からは一見正当に見えるが、法的な整合性の観点からは重大な疑義を孕んでいる。
行政法における「比例原則」によれば、行政権の行使は、達成しようとする公益目的と、それによって侵害される私人の権利利益との間に合理的な均衡が保たれていなければならない。「青カビ混入」という衛生管理上の失敗は本来、食品衛生法に基づくHACCPの徹底や、一般衛生管理の強化によって防ぐべき事案である。HACCPの強化で足りる異物混入防止のためにGMPを義務付けることは、一社の製造ミスによるブレーキ故障事故を理由に、全自動車メーカーに航空機レベルの製造管理基準を義務付けるような論理の飛躍がある。
さらに、「届出制」を維持し、「国は安全性・有効性を評価していない(お墨付きではない)」という立場を守りながら、GMP遵守や報告義務を課して厳しく監視する姿勢は、行政が「実質的な許認可権限」を行使しながら、万が一の事故の際の賠償責任や政治的責任は「事業者の自己責任」として切り捨てるための「責任回避のための二重基準」という疑いまで持たれる。
費用と権利の不均衡
さらに深刻なのが、産業に与える経済的な打撃である。GMPは物理的・人的な構造改革を要求する。既存の食品工場に導入する場合、改修費用は数億円から数十億円規模に達する。そして、それ以上に重いのが、運用のコストである。ところが、機能性表示食品制度には、この「新たな費用に見合う新たな権利」が存在しない。
また新制度では、販売会社は受託製造会社に対してGMP監査を行わなければならないが、中小ブランドにはその専門知識もリソースもない。受託製造会社側も、GMP対応に伴い、小ロット・多品種の製造を敬遠するようになるだろう。その結果、資金力のないスタートアップや地方の特産品を活用した健康食品は市場から排除され、販売会社と受託製造会社の分業(ファブレスモデル)が破壊される可能性がある。
「食薬区分制度」の破綻
ここから導き出されるものは、もはや「食薬区分」が限界を迎えているという事実である。「食品」か「医薬品」かの二元論は、科学技術が未発達で、食品の機能性が解明されていなかった時代の遺物である。機能性表示食品は、実態として「軽度の薬理作用」を期待して摂取され、セルフメディケーションのツールとして機能する存在であり、その実態は医薬品に近い。にもかかわらず、その法形式を頑なに「食品」に留めようとするからこそ、今回のような「食品の顔をした医薬品規制」というキメラが生まれるのである。
この矛盾は、欧米がすでに経験し、制度的に解決を図ってきた課題である。米国は、1994年にダイエタリーサプリメント健康教育法(DSHEA)を制定し、サプリメントを「食品」の一種としつつも、通常の食品とは異なる独自のカテゴリーとして定義し、その社会的意義と構造機能表示を認めた。その代償として、サプリメントの特性に合わせたGMPが義務付けられている。米国モデルの特徴は「事前承認なし」の自由度と、「事後監視の厳格さ」のバランスにある。EUは「食品サプリメント指令」に基づいて、 欧州食品安全機関(EFSA)による承認制に近い厳格な安全性・機能性評価を行う一方で、製造に関してはHACCPベースの衛生管理を基本とし、製造プロセスには過度な規制を持ち込んでいない。
日本の機能性表示食品制度で、米国の「届出制」を取り入れたにもかかわらず、今回の改正で「実質的な許認可制」と、EU以上の「製造管理(GMP)」と、医薬品並みの「監視(報告義務)」を上乗せしようとしている。これは「規制行政の過干渉」になりかねない。
この問題を解決する方法は、食品衛生法と薬機法の間に、新たな分類を創設することである。具体的には、薬機法が定める「医薬部外品」が参考になる。これは、医薬品と化粧品の中間に位置する分類で、作用が「緩和なもの」であり、「治療薬ではないが、単なる化粧品や雑貨よりも確かな効能(予防・衛生効果)を国に認められた製品」である。そして「医薬部外品」という表示義務と、広告表現において「防ぐ」「殺菌する」といった特定の効果を謳う権利を持つ。
市場の健全化か、アングラ化か
日弁連や一部消費者団体は、機能性食品制度を廃して、国が審査するトクホだけを残す制度改革を提言している。今回の規制強化も、結果的に機能性表示食品の縮小・廃止につながる。「真面目だが資金力のない中小事業者」や「ニッチだが有用な伝統素材を扱う地方企業」もまた、市場から一掃されるからだ。そして訪れるのは、市場の「アングラ化(地下化)」である。実際、制度改正が全面的に施行された今年4月1日以降、機能性表示食品の届出を取り下げが多発し、GMPの縛りがない「いわゆる健康食品」に戻る事業者が急増しているといわれる。
今後の展望
厚労省は、10月に、食品衛生法の一部見直しと、サプリメント規制の在り方の検討を開始した。主な論点は、「サプリメントの定義」、「製造管理等の在り方」、「事業者による健康被害情報の報告」だ。この際、対症療法的な規制強化の議論をするのではなく、抜本的な制度改革、すなわち、食品衛生法からサプリメントを切り離して、独自の法体系を整備することを議論してほしい。そこでは、サプリメントの定義、セルフメディケーションのツールとしての社会的意義の明確化、トクホ・栄養機能食品・機能性表示食品・いわゆる健康食品という規格基準が異なる4種類の健康食品の乱立の整理が必要である。
(月刊誌「Wellness Monthly Report」91号(2026年1月号)より転載)











