高橋群馬大学名誉教授の論考から 紅麹サプリ事件が突き付けた保健機能食品制度の限界?
群馬大学名誉教授の高橋久仁子氏が「日本の科学者 Vol.60 No.12 December 2025」に寄稿した「いわゆる健康食品」に関する寄稿文「保健機能食品を考察する―紅麹関連商品健康被害問題を含めて」を読んだ。保健機能食品制度(特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品)を制度成立の経緯から俯瞰し、その構造的問題を検証した論考である。
保健機能食品制度を貫く構造的欠陥
特定保健用食品では、非現実的な条件下でのヒト試験結果が一般的食生活に当てはめられ、生活習慣改善を軽視させかねない問題がある。栄養機能食品についても、表示内容が単純化され、栄養学的理解を歪める懸念が示されている。
とりわけ機能性表示食品については、無審査・短期間で導入された経済政策的制度で、研究レビュー中心の科学的根拠や誇張的表示が横行してきたと批判している。そして、2024年3月に発覚した紅麹サプリ事件は、医薬品成分に近い物質を含む製品が「食品」として流通していた制度的欠陥を露呈させたものだとし、「機能性幻想」を助長してきた同制度の抜本的再構築、あるいは廃止を含む見直しが不可避であると提言している。
紅麹サプリが露呈させた「食品」と「医薬品」の境界
2024年に発覚した紅麹サプリメントによる健康被害問題は、国内の保健機能食品制度に大きな衝撃を与えた。健康維持を目的に摂取されるはずの「機能性表示食品」を含む商品で、死亡例を含む深刻な被害が確認されたことは、制度の前提そのものを揺るがす出来事だった。この問題について、長年「食の安全」と保健機能食品制度を批判的に検証してきた高橋久仁子群馬大学名誉教授は論考の中で、事件の本質は単なる製造トラブルではなく、制度的欠陥にあると指摘している。
高橋氏はまず、紅麹サプリ事件の重大性を「国が一定の安全性や有効性を前提に位置付けてきた保健機能食品で、明確な健康被害が発生した点」に見いだす。保健機能食品制度は、特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品から構成され、いずれも「食品」でありながら、健康に寄与するとの表示が認められてきた。制度発足以降、重大な健康被害が表面化した事例はほとんどなく、紅麹サプリ事件は制度史上の転換点に位置付けられるという。
行政の調査により、健康被害の直接原因は、機能性関与成分とされた「米紅麹ポリケチド」ではなく、製造工程で混入した青カビが産生した「プベルル酸」であると結論付けられた。大阪市の疫学解析では、死亡例や多数の入院・未回復事例が確認され、本件は行政的に「食中毒」と判断された。しかし高橋氏は、原因物質が特定されたからといって、事件の全体像が解明されたわけではないと強調する。
論考の中で高橋氏が繰り返し問題視するのは、紅麹サプリメントが錠剤・カプセル形態で販売され、医薬品に近い感覚で長期・継続摂取されていた点である。こうした形態の商品は、利用者にとって「毎日飲み続けるもの」という認識を生みやすく、製造環境や品質管理に不備があった場合、被害が拡大するリスクが高い。食品でありながら、実態としては医薬品的に扱われる商品が、不適切な製造環境で作られていたこと自体が、重大な問題だとする。
さらに高橋氏は、紅麹サプリ事件を「プベルル酸汚染」という一要因だけで説明することに強い疑問を呈している。当該商品の機能性関与成分は「米紅麹ポリケチド」とされていたが、その機能発現には「モナコリンK」が関与している。モナコリンKは、未承認医薬品ロバスタチンと同一物質であり、医薬品成分と同一の物質を、機能を発現する量で含む食品を「食品」として流通させることの妥当性が、制度的に問われるべきだと指摘する。
厚生労働省は、ベニコウジが非医薬品成分リストに掲載されていることを根拠に、食品としての扱いに問題はないとの見解を示してきた。また、EPAやDHAといった成分と同様に考えるべきだとの説明もなされている。しかし高橋氏は、EPAやDHAは魚を通じて日常的に摂取される栄養素であるのに対し、ベニコウジは摂取頻度も量も限定的であり、同列に論じることは不適切だと批判する。
加えて、高橋氏は「過剰摂取による健康被害は確認されていない」とする公式説明についても疑念を示す。機能性表示食品制度のもとでは、「多く摂取すれば効果が高まる」と利用者が自己判断する余地があり、実際に過剰摂取がなかったのか、慎重な検証が必要だとする。制度が生み出す「健康が得られる」という期待が、利用者の行動をどのように変えたのかも含めて検討すべきだという立場である。
「機能性幻想」と制度見直しへの最終提言
高橋氏は、紅麹サプリ事件を「健康を求めた結果、不健康を買ってしまった典型例」と位置付ける。保健機能食品制度は、食品に機能性を付与することで市場を拡大してきたが、その過程で「機能性成分を摂取すれば健康が得られる」という幻想を社会に広めてきた。紅麹サプリ事件は、その幻想が現実の健康被害につながり得ることを示した事例であると結論づける。
論考の最終盤で高橋氏は、保健機能食品制度について、抜本的な再構築が不可欠であると提言する。制度を存続させるのであれば、医薬品との境界、安全性評価の在り方、表示の意味を根本から見直す必要がある。それができないのであれば、制度そのものの廃止も含めて検討すべき段階に来ているというのが、高橋氏の一貫した主張である。
紅麹サプリ事件は、単なる一企業の製造問題にとどまらず、国が関与して築いてきた保健機能食品制度全体のあり方を問い直す契機となった。高橋久仁子氏の論考は、この事件を制度史の中に位置付け、その本質を冷静に浮かび上がらせる試みである。
<プロフィール>
高橋久仁子(たかはし・くにこ)
群馬大学名誉教授、専門は食生活教育。東北大学大学院農学研究科博士課程を修了(農学博士)後、1988年から2014年まで群馬大学教育学部で家庭科教員養成課程を担当。氾濫する健康関連食情報を批判的に読み解く概念「フードファディズム」を日本に紹介した研究者として知られ、健康食品や食品表示、広告表現の問題を一貫して検証してきた。現在は「食品の広告問題研究会」を主宰し、食生活教育の立場から食品広告のあり方を問い続けている。
著書に『フードファディズム』、『「健康食品」ウソ・ホント』、『「食べもの情報」ウソ・ホント』などがあり、講演やメディアを通じた社会発信も多い。元・食品安全委員会リスクコミュニケーション専門調査会専門委員。
【田代 宏】











