お米券論争、政策の本質を解説する(前) 【寄稿】氾濫する制度誤解に対し、元農水官僚の視点から
元備蓄米担当課長 中村 啓一
総合経済対策に「お米券」が盛り込まれたことを契機に、政策を巡る議論が世間を賑わせている。しかし、その多くは制度の全体像を十分に踏まえないまま、「お米券」だけを切り取って論じ、政策の理解をゆがめる結果を招いている。本稿では、農林水産省で備蓄米政策を担当した経験を持つ元官僚の立場から、中村啓一氏(=写真)が制度の本来の位置付けと議論すべき論点を丁寧に読み解く。断片的な報道があふれる中、政策の本質を見誤らないための視点を提示する。(編集部)
総合経済対策で「お米券」が物価高対策の推奨メニューに位置付けられたことで、賛否両論の議論が続いている。しかし、その中には制度の仕組みを十分に理解しないまま、「お米券」だけをやり玉に挙げてあおるような言説も少なくない。結果として、消費者が誤った印象を持たされている面がある。
筆者は農林水産省出身で、現職時代には令和の米騒動で話題となった備蓄米の担当課長を務めた。また、現在の鈴木憲和農林水産大臣とは、事故米の不正流通など食品表示偽装事件が続発していた2008~09年に、表示規格課で共に仕事をした経緯がある。そのため「身内びいき」ではないかとの批判も受けかねないが、これまでの寄稿記事をご覧いただければ、その指摘は当たらないと考えている。ただ、店頭から米が消えた昨夏の対応には強い不満を持ち、小泉前大臣時代の無理筋な方針にも危うさを感じてきた立場からすれば、鈴木大臣の姿勢に一定の安心を覚えていることも事実である。
総合経済対策における「お米券」の位置付け
総合経済対策第2章第1節「地域のニーズに応じたきめ細かい物価高対応」では、学校給食費の支援、プレミアム商品券や地域で使えるマイナポイント、LPガス・灯油使用世帯への給付などに加えて、従来の生活者支援とは別枠で、食料品の物価高騰に対する支援として「いわゆるお米券や電子クーポン」を措置することが示されている。
その執行に当たっては、「重点支援地方交付金」を物価高対策として有効に使ってもらうため、医療・介護・保育、中小企業、食料などの各分野を所管する府省庁が、地方公共団体に対し優良事例を含む情報を積極的に提供し、それらの分野での重点的な活用を「推奨」することとされている。
つまり、お米券は「重点支援地方交付金」による物価高対策の中で、商品券や電子クーポンなどと並ぶメニューの1つとして推奨されたに過ぎない。自治体に一律の実施を義務付けるものではなく、あくまで選択肢である。
記者会見から読み解く「お米券」発言の趣旨
お米券が注目されるきっかけとなったのは、鈴木大臣の記者会見でのやり取りである。発言の一部だけが切り取られ、「利益誘導」、「愚策」といった批判が飛び交っているが、会見全体を読むと趣旨はかなり異なる。
就任会見(10月22日)では、高騰するコメへの直近の対応を問われ、大臣は経済対策・物価高対策の議論の中で検討する考えを示した上で、「お米クーポン」や食品バウチャーをすでに配布している自治体、さらには現物配布を行う自治体の例を挙げている。ここでのお米券の言及は、すでに自治体で行われている食料支援策を紹介。需要に応えることのできる環境をどうしたら作ることができるか「検討していきたい」と述べている。
続く10月24日の会見では、重点支援地方交付金を通じて地域のニーズに応じた物価高対策を進める中で、「すでにお米券で対応している自治体を後押しする趣旨」で発言したと説明している。また、米価については「生産者の再生産が可能な価格」と「消費者が受け入れられる価格」の両方を考慮し、その範囲内で市場に委ねる立場を明確にしている。
その後も同28日の会見、11月14日の会見においても、お米券は「米に限らず食料品全体の値上がりへの対応策の1つ」、「自治体が取り組みやすく、負担感の少ない方法で早く支援が届くことを重視」と繰り返し説明しており、「お米券で全てやれ」とは一切述べていない。
これらを総合すると、大臣の発言は「お米券はあくまで既存の自治体事例を踏まえた1つの選択肢」、「決めるのは各自治体であり、国はメニューと情報を示す立場」というものであり、「お米券一択」、「利益誘導」といった批判は、会見全体を見れば当たらないことが分かる。
お米券批判とメディアの責任
お米券の活用は強制ではなく、地方公共団体が交付金をどう使うかは自治体の裁量である。それにもかかわらず、「農林水産大臣には屈しない」と宣言する首長や、「米しか買えない券より現金給付を」といったパフォーマンスに近い発言が、メディアを通じて大きく取り上げられている。その上、「農水大臣が大好きなお米券」と言い放った高市首相の発言が改めて火を注いだ格好だ。こうしたやり取りだけが独り歩きすると、正確な情報が届かず消費者をミスリードしてしまう。
紙のクーポンは時代遅れで、マイナンバーカードと紐付けた電子クーポンこそ当然という意見もある。しかし、スーパーや外食チェーンのセルフ精算機に戸惑う高齢者の姿は日常的な光景であり、デジタル化の恩恵を十分に受けられない人も少なくない。「マイナンバーカードを持たない人は損をするのが現実社会だ」と切り捨てる評論には賛同しがたい。
お米券を配布すれば消費者は高値のまま米を買うことになり、米の価格を高止まりさせ物価対策にならないとする指摘もある。だとすれば、現金給付やクーポン配布など手段を問わず消費者の購買意欲を高める生活支援策は物価対策として否定しなければならない。
お米券は、卸売業者が組織する全国米穀販売事業共済協同組合(全米販)と全国農業協同組合連合会(JA全農)から贈答用として発行されている全国共通商品券である。1枚500円で販売され、440円相当のコメと引き換えできるプリペイド式であり、この60円の差が「利益誘導」と批判されていた(12日に全米販は差額を23円に引き下げると発表。JA全農も引き下げを検討中という)。しかし、全国共通券を発行・流通させるには一定の事務手数料が必要であり、ビール券など他の商品券でも構造的には同様の仕組みが採用されており、券の販売価格と交換できるビールの価格には手数料分の差を設けている。
一方で、自店のみで使えるプリペイド回数券を割安で発行する事業者もあり、自治体が交付金を活用して地域限定の食料品クーポンを独自に設計することも可能である。総合経済対策の推奨メニューには、お米券のほか地域振興券や電子クーポンなども含まれており、お米券は既製品としてすぐに使える選択肢の1つに過ぎない。
(つづく)
<プロフィール>
中村啓一(食の信頼向上をめざす会事務局長)
1968年農林水産省入省。その後、近畿農政局 企画調整部 消費生活課長、消費・安全局 表示・規格課 食品表示・規格監視室長、総合食料局 食糧部 消費流通課長などを経て2011年に退官。著書:『食品偽装・起こさないためのケーススタディ』共著(ぎょうせい)2008年、『食品偽装との闘い』(文芸社)2012年など。
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