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モナコリンは「食品」か「医薬品」か(前) 薬剤師・森雅昭氏がHACCPの限界を指摘、大阪市の判断は?

 添加物を加えずに仕上げたハム・ソーセージを販売する㈱薫製倶楽部(岡山県早島町)の代表で、薬剤師としてHACCP制度の専門家でもある森雅昭氏は10月31日、岡山商工会議所(=写真:岡山市北区)の経済記者クラブで、紅麹サプリ事件を巡る問題について記者会見を開いた。
 同氏は先月、大阪市保健所に対して、小林製薬の紅麹サプリメント『紅麹コレステヘルプ』の製造工程において、HACCPが成立するか否かという1点について、同市の判断を求める照会文を送っており、回答期限は今月5日だ。
 ウェルネスニュースグループ(東京都港区)は、同クラブの記者会見に出席する資格を持たなかったため、会見後、岡山市内のホテルの会議室で森氏の個別取材に臨んだ。

カビの文化史から語る「紅の意味」

 森氏は伝統食文化の提唱者である。話は、紅麹を語る前に「カビ」の説明から始まった。同氏によれば、カビとは糸状菌の総称であり、色によって異なる種類があるように見えても、いずれも同じ微生物の仲間である。青カビ、黄カビ、白カビ、黒カビ、赤カビ――それぞれに文化的な役割がある。日本の味噌や醤油、日本酒に使われるのは黄麹であり、泡盛には黒麹が使われ、チーズには青カビが、貴腐ワインには灰色カビが用いられる。紅麹はその延長線上にある。

 「紅は文化の色であり、決して毒の色ではない」森氏はそう言って、報道が「赤いカビ=危険」という印象を広く流布させたことへの違和感をにじませた。
 森氏の会社は、紅麹サプリ事件で風評被害を受けている。聞くところによると、岡山県は紅麹文化が盛んな地域で、紅麹サプリ事件を機に多くの食品会社が紅麹事業から離れていったという。記者の知る限り、それは岡山県に限らず、他県においても、「紅麹の名前を聞くのもいや」という事業者はある。これまでの取材の過程で、紅麹サプリ事件に関する取材は「拒否」という事業者にも複数出会っている。

紅麹は文化であり、毒ではない

 紅麹は、豆腐よう・味噌・酒・肉などに使われてきた古来の発酵素材であり、決して新奇なものではない。岡山でも沖縄でも、伝統食品の中で息づいてきた。その長い歴史を背景に、森氏は「紅麹は安全な食品であり、むしろ食文化の誇りである」と述べる。だが今回、紅麹が危険視されるに至ったのは、科学ではなく「印象」の問題だという。“赤”という色が、いつのまにか不安の象徴にすり替わっていったことに憤りを覚えている。

食品HACCPの視点欠いた製造発想

 森氏はまた、小林製薬の位置付けを「紅麹専門の種麹屋」と表現した。日本の味噌、醤油、酒の業界では、種麹屋から麹菌を購入し、製造業者が自社で培養して使うのが一般的である。その伝統的な供給構造の中で、小林製薬も一種の種麹供給者として食品業界に存在していた。
 ところが、法改正により2021年6月から、原則として全ての食品事業者に対してHACCPに沿った衛生管理が義務付けられたことを受け、麹の製造も食品衛生法上の監視対象となった。
 森氏は「その転換点で、小林製薬は“食品としての紅麹”を正しく理解していなかった」と見る。食品安全管理の視点を持たないまま、医薬的な製造発想で麹を培養した結果、事故を招いたのではないかと指摘した。大阪市もまた、工場で製造されている製品の正体を知ることなく、形式的なチェックにとどまっていた可能性があるのではないか――。

食品と医薬の境界 曖昧さが混乱招く

 青カビからペニシリンが、赤カビからスタチンが発見された。森氏はそう語りながら、医薬と食品の関係を整理してみせた。ペニシリンと同じく、スタチン系薬の有効成分ロバスタチンと同一の化学構造を持つモナコリンKも発酵から得られた医薬成分であり、それを発見したのは日本の研究者・遠藤章博士(2024年6月5日没)である。遠藤博士が紅麹からモナコリンKを単離し、その薬理作用を明らかにしたことが、世界の医薬研究史を変えた。
 森氏は「青からペニシリン、赤からスタチン」と言い、両者の構造的な親和性を指摘する。しかし、「食品としての紅麹」と「医薬品としてのモナコリンK」は明確に異なるものであり、この線引きを曖昧にしたことこそが、今回の混乱の出発点であると指摘する。

 森氏は、自らの立場を「食品会社であり薬剤師である」と明確に位置付ける。薫製倶楽部は食品HACCPを厳格に導入している企業であり、科学的根拠に基づく管理体制を重視してきた。だからこそ、今回の事件を単なる衛生問題とは見ていない。紅麹サプリ事件では、食品衛生法と医薬品医療機器等法(薬機法)の間で整合性が取れないまま、行政判断が行われた。その制度的矛盾を正す必要があると主張する。

(別添1)が示す「モナコリンK=医薬品」

 話題はやがて、厚生労働省の課長通知「昭和46年6月1日付薬発第476号通知(別添1)食薬区分における成分本質(原材料)の取扱いについて」に及んだ。
 森氏は、この通知の別添1を指して「モナコリンKは明確に医薬品である」と断言する。別添1では、「解熱鎮痛消炎剤、ホルモン、抗生物質、消化酵素等専ら医薬品として使用される物」が医薬品に該当すると説明した上で、上記にはHMG-CoA還元酵素阻害薬、すなわちスタチン群が「医薬品として使用実態のあるもの」として含まれており、当然、モナコリンKもその中に含まれるものとする。

 森氏は、「(多くの関係者が)別添1を正しく読めなかったことが、今回の事故の出発点だ」と何度も繰り返した。薬剤師的な視点による専門的読解を欠いたまま、食品行政側は紅麹を“食品”として取り扱った。結果として、医薬成分を含む製品が食品の枠内で流通し、HACCP制度の適用対象として扱われてしまった。 
 「HACCPは食品のための制度であって、医薬成分を扱う製造には成立しない」と森氏は言う。

 同氏は今、大阪市保健所に対し「紅麹コレステヘルプの製造過程においてHACCPが成立するか否か」を正式に照会している。「HACCPの判断権限は、厚労省ではなく各自治体の保健所にある。大阪市は府内でも独立した保健所」と森氏。
 回答はまだ出ていないが、「大阪市はいまハムレットのような立場にある」と語る。「このままでいいのか、それともいけないのか」――もし大阪市が「HACCPは成立する」と判断すれば、それは医薬品を食品として認めることになる。逆に、「成立しない」と判断すれば、薬機法上の無承認無許可医薬品に該当する。
 「どちらの判断も重大な意味を持つ」そういう森氏の言葉は熱を帯びていた。 

 なお、森氏が言及した「別添1」を巡っては、筆者も昨年7月17日付で小林製薬に対し、文書質問を行っている。質問の要旨は、厚労省の平成31年通知「医薬品の範囲に関する基準」および昭和46年通知「食薬区分における成分本質(原材料)の取扱いについて(別添1)」に基づき、海外において医薬品として使用実態があることを知っていたか? モナコリンKを医薬品に該当しないと判断した行政上の根拠があったのか――という点である。筆者の質問に対して小林製薬は、「使用実態は知っていた」、「そのような実態も考慮の上、『平成31年3月15日付薬生監麻発0315第1号』の適用対象の範囲内であることを前提として届出を行った」と説明している。0315号とは、「医薬品リストに収載されている成分を元から含有する野菜、果物等の生鮮食料品又はそれを調理・加工して製造された加工食品は、医薬品に該当すると判断されるのか」という質問に対して厚労省は、「同リストに収載されている成分であっても、それが野菜や果物など、もともと自然にその成分を含有する生鮮食料品に含まれる場合には、当該成分を理由として直ちに医薬品と判断することはないとしている。判断に当たっては、当該食品の食経験の有無、製品表示や広告内容、販売時の説明や宣伝方法などを踏まえ、総合的に判断することが求められている」と回答している。
 消費者庁はこれを受けるかたちで「機能性表示食品に関する質疑応答集」を改正し、医薬品成分であっても機能性関与成分として届け出ることができるようにしたのである。

 森氏は今回、これら一連の対応も踏まえた上で、「行政が科学的・制度的にこの問題をどこまで理解していたか、また理解しようとしているのか」を再確認しているのだと思う。

科学的根拠なき行政判断への疑義

 森氏の話は行政対応のあり方を問う。同氏は、厚生労働省と国立医薬品食品衛生研究所(国立衛生研)に対して、①プベルル酸の同定、構造式はどのように判断し決定したか、その過程と根拠に関する資料、②2024年9月18日にプベルル酸の毒性があると発表した際の科学的根拠となった資料―—これらについて行政文書の開示請求を行ったものの、双方から「該当する行政文書はなし」という正式な通知を受けたという。つまり、紅麹中のプベルル酸を有害と断定する科学的資料は行政の内部に存在していない。プベルル酸を毒性物質と判断した科学的・行政的根拠文書が存在しない。
 とすると、「科学的根拠のないまま行政判断が行われた可能性がある」と森氏は言う。少なくとも、不透明な行政手続きによる根拠なき規制は、制度の信頼を失わせる。紅麹業界の多くの事業者が風評被害に苦しんだにもかかわらず、その根拠となるデータが存在しないことは、極めて深刻な問題だ。森氏は悔しさをにじませた。

 同氏は、紅麹そのものを危険視する風潮に対しても強い拒否感を訴える。
 「紅麹は味噌や醤油に使われる黄麹・白麹と同様、安全な微生物である。危険とされる赤カビとは別種であり、報道の混乱が誤解を拡散させた」とし、事件当時のメディアによる行政発表の垂れ流し報道についても批判の目を向ける。

 伝統的な発酵食品の多くは、塩・糖・酸・水分活性といった微生物制御のバリアを持っている。しかし、小林製薬の製法にはそれがなかった。食品用紅麹とサプリ用紅麹では発酵期間・温度が大きく異なる。特にサプリ用紅麹の製法で「4日、22℃で43日、aw0.95という条件は、食品として常識を超えている」と森氏は断じた。食品用紅麹は通常1週間程度で培養を終えるものであり、40日を超える発酵などあり得ないとし、紅麹製造経験者らも同じ意見を述べていると具体的な例を挙げた。

 次回は、紅麹サプリ事件の核心「HACCPの不履行」に迫る。HACCPの専門家として名高い北海道大学名誉教授・浅野行蔵氏のコメントも紹介する。

(つづく)
【田代 宏】

(文中の写真:森 雅昭氏)

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