規制強化とともに品質文化の醸成を 【サプリ受託製造の今とこれから】医薬品GMP専門家・櫻井信豪教授に聞く
医薬品の製造・品質管理の専門家はサプリメントメントのそれをどう見るか。今のままで十分か。穴があるとすれば、どのように埋めればよいか。製薬メーカーから(独)医薬品医療機器等総合機構(PMDA)に移り、16年にわたりGMPなど医薬品の品質保証・管理業務に従事。現在、東京理科大学薬学部医薬品等品質・GMP講座教授としてGMP人材育成に当たる櫻井信豪氏(=写真)に意見を求めた。
──医薬品ではないサプリメントにGMP管理を義務付ける規制が日本でも広がり始めています。どう思いますか。
櫻井 サプリメントは医薬品に形状が似ています。ですからサプリメントの使用者は、医薬品ではないと理解していても効果を求めるものですし、品質も、医薬品のようにちゃんと確保されていると思うのではないでしょうか。そのうえで、医薬品もサプリメントも、見た目だけでは中身がわかりません。もし異物が含まれていたとしても、見た目からは分からない。でも通常の食品は、例えばバナナは、食べてはいけないかどうかは見ただけで分かりますよね。
何が言いたいかというと、医薬品もサプリメントも、使用者は作る側を信用するしかないということです。つまり、作る側に責任があるということ。企業目線では「医薬品ではなく食品を作っている」ということになるのかもしれませんが、機能を示す成分がちゃんと入っている、異物は含まれないということを担保するためには、サプリメントだとしても、GMPで製造管理、品質管理するのが当たり前ではないかと思います。
──機能性表示食品のサプリメントについて昨年、大きな健康被害問題が生じました。どのように見ていましたか。
櫻井 とても不幸で残念な出来事でした。そうしたことが起きてしまったために、機能性表示食品のサプリメントの製造・品質管理にGMPが義務付けられたと理解しています。
学生にいつも話しているのですが、医薬品は生命関連製品です。人の生命に関わる製品であるということ。ですから何か事故が起きると規制が強化される。医薬品というものは、日本に限りませんが、それが繰り返されてきました。国民の生命・身体を守るために、再発を防止するために、政府は規制を強化せざるを得ない。今回、機能性表示食品のサプリメントにそれが起きたということだと思います。
ただ、本来であれば、製薬企業にせよ、サプリメントなどの食品企業にせよ、大きな事故が起きないように自ら品質を管理していく必要があります。それが在るべき姿ですし、それができていれば、規制が強化されるようなこともないのです。まあ、それがなかなか難しい話ではあるのですけど……。
──機能性表示食品のサプリメントに関するGMP基準が法令(内閣府告示)で定められました。医薬品でいうとGMP省令に相当するものです。それぞれどのような違いがありますか。
櫻井 GMP省令にはあってサプリメントGMP基準にはない項目がいくつかあります。例えば、第6条の「職員」に関する規定と、第19条の「教育訓練」に関する規定がありません。ただ、それぞれ通知(3.11通知=錠剤、カプセル剤等食品の原材料の安全性に関する自主点検及び製品設計に関する指針)のほうに規定さています。通知ですから法的な拘束力は弱いわけですが、日本のサプリメントに関するGMPの規定は、大枠としては、医薬品GMPにおける多くの項目をカバーしていると言って良いと思います。
もちろん、細かく見ていくと違いは他にもあります。安定性モニタリング(医薬品GMP省令第11条の2)、製品品質の照査(同第11条の3)、原料等の供給者の管理(同第11条の4)といったところはサプリメントGMP基準に規定がありません。このあたりは、国際整合性を図るために2021年に施行された現行のGMP省令に初めて取り込まれたものです。そのほか、品質リスクマネジメント(同第3条の4)や交叉汚染の防止(同第8条の2)なども、サプリメントGMP基準にはありません。
──交叉汚染といえば、医薬品の葛根湯エキスと同じ製造ラインで作られていたサプリメントの原材料の一部ロットに、葛根湯エキスに含まれるエフェドリンが微量、混入していたことが判明するという問題が生じました。自主回収が行われています。
櫻井 初めて知りました。まさに交叉汚染ですね。それを防止する規定がGMP省令に初めて入ったのは21年の改正時でした。しかし国はそれ以前から、交叉汚染防止を実施するよう通知で指導している。その工場が洗浄バリデーションや手順書どおりの洗浄を行っていたのか気になります。
──現行の医薬品GMP省令では、同じ設備で医薬品と医薬品ではない物質を共用することを条件付きで容認しているようですね。
櫻井 そうですね。微量で過敏症反応を起こすペニシリンのようなβラクタム系の抗生物質などは設備を完全に専用化しなければなりません。一方で、サイエンスに基づいて1日暴露許容量(PDE=生涯毎日曝露しても健康に影響のない用量)という基準値を医薬品成分ごとにメーカーが独自に設定し、その基準値を超えないよう洗浄バリデーションを行い、基準値以下であることを担保できるのであれば、共用を認めるという考え方をしています。共用は認めない、全て専用化しなさいというのでは企業の実行可能性がありませんから、規制する側としても、リスクベースの考え方に基づいて柔軟に判断していきましょう、ということです。
──サプリメントや健康食品にも、そうした基準を設けるべきなのかもしれません。
櫻井 実際にそれを実行しようとすると、かなりコストがかかりますから、とても悩ましい話になると思います。先ほど話したように、規制を厳しくすると、やらなければいけないことがどんどん増えていく。しかし、無尽蔵にコストやリソースをかけられるわけではありません。その中で、かけるべきコストやリソースのバランスを考えるのが、現行のGMP省令に初めて取り入れられた品質リスクマネジメントの考えです。要は、リスクを避けるためにコストとリソースを十分かけるべきところと、あまりかけなくても良いところをどのように評価し、実行するかということ。エフェドリンの混入について言えば、その工場の洗浄のところをしっかり見直す必要があると思います。
──昨年の健康被害問題にせよ、今回のエフェドリン混入にせよ、最終製品ではなく原材料の製造・品質管理に原因があります。原材料にもGMPを義務付ける必要がありませんか。
櫻井 いきなり義務化と言われても、すぐには対応できないと思います。医薬品の場合、GMP省令の前に原薬GMPができていたという事情があるのですが、まずは原材料を製剤化する側が原材料を供給する側をしっかり管理する。それが基本だと思います。医薬品も同じ考え方です。どのように管理していくのか、どこまで要求するのかというところは議論が必要でしょうが、それを行ったうえで、製剤側の管理だけでは無理があるということになって初めて、原材料もGMPで規制するという流れになっていくのだと思います。
──サプリメントも医薬品のように法規制が明確にされていたほうが、企業も対応が楽なのではないかと思うことがあります。
櫻井 医薬品は、はっきりと規制産業です。そういった産業の特色としては、規制が上積みされればされるほど企業の負担が増大し、自由度だとか柔軟性だとかが損なわれていくことがある。そうすると、本来の目的であるはずの患者利益への貢献であったり、品質の向上であったりが置き去りにされ、規制当局に言われたことだけをやっていればいい、という風潮が生まれやすくなります。
そこが規制産業の大きな穴で、ブラインドコンプライアンス(Blind Compliance)、つまり盲目的に規制を追従してしまう状態に陥ってしまうリスクが逆にあるのです。規制要件を遵守するために、重く、非効率になったシステムが日々の業務を圧迫し、結果、従業員の疲労感ばかりが増大してしまうというような方向にどんどん向かっていってしまいます。まさに日本の医薬品産業はそのような状況になりつつあり危惧しています。
ですが、ここにきて、規制当局に言われてではなく、企業自らが品質を重視する「品質文化(クオリティ・カルチャー)」を構築、醸成させてくことの重要性が認知され始めています。私から見ると、サプリメントは医薬品に近づいています。医薬品のようにガチガチに規制される前に、品質リスクマネジメントの考え方を取り入れつつ、品質がしっかりとした製品をお客様へ届けるために、販売会社から製造会社まで、経営者自らが品質文化を醸成させる方向に会社全体を引っ張っていかないといけないと思います。
──ありがとうございました。
【聞き手・文:石川太郎(取材日:2025年7月15日)】
【プロフィール】櫻井信豪(さくらい・しんごう)。博士(保健学)。東京理科大学大学院薬学研究科修士課程修了。1985年から民間企業で主にバイオ医薬品の基礎研究・品質保証・品質管理等の業務に携わった後、2004年8月から2020年3月までPMDAで品質管理部長、審議役(品質管理担当)などを歴任。20年7月から現職。2021年施行の医薬品GMP省令改正案の素案を作成した厚生労働行政推進調査事業「GMP、QMS及びGCTPのガイドラインの国際整合化に関する研究班」の研究代表者を務めた。
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