紅麹サプリ事件の横顔~舞台裏と教訓(2) 見逃された異変と情報公開の遅れ
小林製薬の紅麹サプリメントにおいて、健康被害が急増した。本来、紅麹は安全性が高いとされ、古来より食品として利用されてきたものである。しかし今回の事件では、腎機能障害による重篤な健康被害が多数報告されたことで、事態は深刻化した。
容疑者を「プベルル酸」「Y」「Z」に絞った理由は?
同品からは青カビ由来とされるプベルル酸、さらに未知の化合物「Y」および「Z」が検出された。いずれも従来の紅麹製品では検出されなかった物質であり、特に化合物YとZはマススペクトルライブラリにも存在せず、その毒性は未知だった。この段階で、製造過程において紅麹菌に青カビが混入し、それが発酵の過程でモナコリンKなどに影響を与えた可能性が指摘された。
2024年4月、国立医薬品食品衛生研究所(国立衛生研)が公表した中間報告により、紅麹菌と青カビの共培養によって、プベルル酸、Y、Zの3物質が同時に産生されることが確認された。このことから、単なる偶発的混入ではなく、製造工程上の構造的問題が浮かび上がった。
その後、厚生労働省は5月28日に7日間反復投与試験の結果を公表した。試験の結果、プベルル酸単独でラットに腎障害が発生した一方で、YおよびZ単独では腎毒性が確認されなかった。これを根拠に、厚労省は「行政目的としての原因物質はプベルル酸」と暫定的に断定する判断を下した。しかし、まだこの段階では90日間反復投与試験の実施も予定に入れていたようである。ところが9月18日、第1回WG会議の際に公表された資料では、なぜかその「実施予定」が消されていた。

厚労省、科学よりも迅速な「行政対応」を優先か
プベルル酸の単独犯行説は、迅速な行政対応としては妥当だったかも知れない。しかし、科学的な視点からは不十分との指摘もある。第一に、試験期間がわずか7日間であったことにより、長期的な毒性や蓄積毒性の評価が行われていない。第二に、実際のサプリメントは複合成分であるにもかかわらず、単成分の投与試験のみであったことにより、相互作用による影響が未評価のままとなっている。
また、静岡県立大学の佐藤均教授は、プベルル酸が「OATP1B1」という薬物トランスポーターを阻害することにより、モナコリンKの体内濃度を異常に上昇させた可能性を指摘している。モナコリンKは、医薬品ロバスタチンと同一の構造を持ち、過剰摂取により腎障害や横紋筋融解症を引き起こすことが知られている。この相互作用が重篤な健康被害を引き起こした可能性は否定できない。佐藤説については第4回目の連載で「意見書」とともに、詳しく紹介する予定である。
いとう王子神谷内科外科クリニックの伊藤院長は、90日間反復投与試験あるいは高等動物による追加試験の実施が必要だと説く。厚労省はなぜ90日間反復投与試験を中止したのか?
2025年2月10日、厚労省の担当官A氏は取材に対し、「行政目的としての原因究明は完了した」との立場を表明し、90日間反復投与試験の実施を否定した。この姿勢に対し、「行政的収束を優先したのではないか」という疑念も生じている。この担当官は、「WG会議は、被害情報が収集された都道府県から上がってきた健康被害情報を見て、どのような措置を講ずるか否かということが目的なので、原因究明が会議の目的ではない」と明言した。
「WGは原因究明のための会議ではない」(厚労省)
そこで筆者は厚労省に対して、90日間反復投与試験の実施を取りやめた理由について、「実施を見送る根拠となった科学的な裏付けとなる資料」の情報開示を求たところ、食品監視分析官であるB氏から直接連絡を受けた。答えることができる範囲で喋るから、開示請求を取り下げてもらえないかと言うのである。3月26日のことである。
B氏は、「WG会議は原因究明ではなく健康被害の症例検討のために設置されたが、将来的に再評価の可能性は排除しない」とする柔軟な姿勢を示した。「原因究明としてではないが、プベルル酸の毒性解明について将来やらないのかと言われると、それは必要に応じて、もしかしたらやる可能性がある」と説明した。結局、現時点では科学的な解明は不完全なままということではないか――。厚労省B氏との一問一答の中には、それとなく「28日間亜急性毒性試験」の実施を示唆するかのような会話が出てくるが、この時点で、記者がはっきりしたかたちで把握することはできなかった。
こうした経緯を踏まえると、今回の紅麹サプリ事件は、単なる偶発的混入で済ませるべきではなく、製造・制度・行政対応の各段階における複合的な課題が交錯した構造的な問題であることが浮き彫りとなる。次回は、7日間反復投与試験に対する疑義と、それに続く行政対応の実態について迫っていく。
A氏およびB氏との一問一答はこちら(⇒会員専用記事閲覧ページへ、残り約5,000文字)
(つづく)
【田代 宏】
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