日弁連「サプリ新法案」の検証(前) 【寄稿】期待される「食・サプリ・薬三元論」その課題は?
東京大学名誉教授 唐木 英明
2025年7月、日弁連が公表したサプリメント法制化に関する意見書は、製造と表示における「二重許可制」を柱に、既存制度の抜本的な見直しを提言する内容だった。制度の統合と安全性の確保を狙ったその設計は、サプリメントを食品と医薬品の中間に位置付けるという「三元論」への道を示唆するものである。一方で、その背景には、過剰なリスク回避や消費者の自己決定権軽視といった深刻な課題が潜む。制度改革が真に消費者の利益につながるものであるために、何が問われ、何が欠けているのか。長年、リスク評価と制度設計に携わってきた唐木英明東京大学名誉教授が問題の核心を読み解く。
日弁連「サプリメント法案」の問題点
日弁連は2025年7月17日に「サプリメント食品に関する法規制の早急な整備を求める意見書」を公表し、新たなサプリメント法案の必要性を論じた。法案の第一の柱は、サプリメントの製造を「届出制」から「許可制」へと転換することであり、営業許可の条件として、GMP基準への適合が義務付けられる。これは、原材料から最終製品に至るまで一貫した品質保証体制を法的に強制することを意味するものであり、それは、サプリメント製造という事業活動そのものに、医薬品製造に準じる高い参入障壁を設けることに他ならない。
第2は「表示許可制」であり、製品ごとにその表示内容について国の許可を得ることを義務付けるものである。これは、有効性や安全性について国が個別に審査し、許可を与える特定保健用食品(トクホ)制度と実質的に同じ構造を持ち、規格基準型の栄養機能食品制度と、事業者の責任で機能性を表示できる機能性表示食品制度を共に完全に否定するものである。これは市場に乱立する4種類のサプリメントを一本化するという極めて重要な意義を持つ一方で、トクホ制度が抱える高コスト・長時間という課題を、全てのサプリメントに課すことを意味する。
日弁連案は、この二重許可制を支えるための規制も盛り込んでいる。表示許可を得た事業者に対し、健康被害情報の提供および公表を法的に義務付けること、効果や機能に関する虚偽又は誇大な広告を禁止すること、 過剰摂取の防止や健康的な食生活の重要性について、国や地方公共団体が啓発活動を充実させることである。
全体を通じて言えることは、これは単なる制度改革ではない。サプリメントの法的な位置づけそのものを、現行の食品の範疇から、医薬品に限りなく近い準医薬品的なカテゴリーへと引き上げること、換言すれば、「食・薬」二元論を廃して、「食・サプリ・薬」三元論を確立するという、根本的なパラダイムシフトである。サプリメントを食品と医薬品の中間の位置に置く改革は国際的な動向に一致するものであり、高く評価される。ただし、その目的が、「絶対安全」を追求する「ゼロリスク」の思想にあることは、大きな問題をはらむ。
二重許可制の妥当性
営業許可と表示許可から成る二重許可制は、その実現可能性と妥当性について深刻な疑問符が付く。トクホの許可取得は、ヒト臨床試験の実施などに数千万円から数億円規模の開発費用が必要となり、開発期間も1~3年かかるのが一般的である。
その結果、トクホ市場は停滞し、制度開始から30年以上が経過した2023年時点での許可・承認品目は、累計でわずか1065品目にとどまっている。これに対し、2015年に開始された機能性表示食品制度では、10年足らずで約7000品目が届け出られており、市場の活力において対照的な結果を示している。多くの企業にとって、トクホ取得はもはや費用対効果に見合わない選択肢となっている。
忘れてはならないのは、機能性表示食品制度が導入された歴史的背景である。これはまさにトクホ制度が硬直化し、市場の活性化が望むべくもないという問題意識から、規制緩和の一環として創設された。つまり、日弁連案は、かつて機能不全と評価されたモデルを、より広範な対象に再び適用しようとする「歴史的健忘症」とさえ言える。
日弁連案のもう1つの問題は、規制の「一律性」にある。長年の食経験があり、安全性が確立されている低リスク製品から、科学的データが限定的な新規の製品まで、そのリスクの濃淡を無視し、すべての製品に同じ最高レベルの規制を課そうとすることは、リスクの大きさに応じて規制の強度を変えるという、近代的な規制の原則に反するものである。目指すべきは、無限のコストをかけてゼロリスクの幻想を追い求めることではない。
この議論の根底には、「立証責任」を誰が負うべきかという哲学的な対立がある。機能性表示食品制度は、「自己認証」モデルであり、トクホや日弁連案は、国の「事前許可」モデルである。日弁連は、紅麹サプリ問題を根拠に、自己認証モデルは破綻したと断じ、立証責任を再び国の審査へ戻すべきと主張している。しかし、それは、紅麹サプリ問題の原因が製造工程でのヒューマンエラーであって、「事前許可性」の欠陥ではないという重い事実を無視していると言わざるを得ない。
(つづく)
<プロフィール>
東京大学名誉教授(食の信頼向上をめざす会代表)
1941年生。農学博士、獣医師。1964年東京大学農学部獣医学科卒。テキサス大学ダラス医学研究所研究員を経て、87年に東京大学教授、同大学アイソトープ総合センター長を併任、2003年に名誉教授。日本薬理学会理事、日本学術会議副会長、(公財)食の安全・安心財団理事長、倉敷芸術科学大学学長などを歴任。専門は薬理学、毒性学、食品安全、リスクコミュニケーション。これまでに瑞宝章(中綬章)、日本農学賞、読売農学賞、消費者庁消費者支援功労者表彰、食料産業特別貢献大賞など数々の賞を受賞。
「食品安全ハンドブック」丸善2009、「検証BSE問題の真実」さきたま出版会2018、「鉄鋼と電子の塔(共著)」森北出版2020、「健康食品入門」日本食糧新聞社2023、「フェイクを見抜く(共著)」ウェッジ2024など著書多数。
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