健康食品制度の歪みをただせ!(中) エビデンスと信頼を両立する制度設計を
健康食品は効くのか、効かないのか――。この単純な二分論が、制度の歪みと誤解を生み出している。健康食品をめぐる現行制度では、医薬品に準じた試験方法が義務付けられているが、それは健康食品の特性にそぐわず、結果として不適切なデータや信頼性の低い「おみくじ式実験」が横行する一因ともなっている。消費者が期待する効果を科学的に、かつ現実的に評価するためには、医薬品とは異なる基準と方法が必要である。制度改革の方向性として、科学的根拠と消費者の実感、さらに安全性と被害者救済の枠組みをいかに両立させるかについて、唐木英明氏と大西健介氏が深掘りする。(文中敬称略)
効くか効かないかではない――試験方法の再設計を
唐木 そこには2つの重大な問題があります。ひとつは、4種類もある健康食品区分を消費者が区別できないということです。これを一本化しない限り、消費者の誤解や過剰な期待に応えることはできません。
もう1つは、機能性の問題です。健康食品に関しては、プラセボ対照試験を義務化していますが、これは医薬品の試験方法であり、健康食品の特性に合っていません。医薬品でも効果が小さいものや、プラセボ効果が大きいものでは有意差が出ないため、健康食品のような軽微な症状に対する効果は評価しにくいことは厚労省課長通知に明記されています。そのため、効果がないとされ、結果として「健康食品は効かない」との誤解を生んでしまいます。
また、現行制度ではプラセボ対照試験にこだわることで、結果として信頼性の乏しい試験が横行し、インチキ試験が広まる原因にもなっており、これは制度上大きな問題です。したがって、医薬品とは異なる試験方法を認めるという方針を新たな法律の中で明確にする必要があると思います。健康食品が効くのか、効かないのかという単純な二分論に陥らないようにすべきです。
おみくじ式実験が信頼を損なう――科学的根拠の質が問われる
大西 おっしゃるとおりです。効くのであれば薬であるという論理で二分化されるのはおかしいです。そうなると、効かないものに高額なお金を払っていることになってしまいます。私は、一定の効果があると科学的に証明されたものについては、医薬品ではなくても一定の効能やヘルスクレームを認めてよいと考えています。
ただし、その前提としては、科学的エビデンスの審査が必要です。特に錠剤やカプセルの形状を持つものについては、医薬品ほどの厳格な審査とはいかなくとも、一定の科学的根拠に基づいた審査を経て、効能表示を認める制度があってよいと考えます。
また、機能性表示食品はトクホに比べて審査が緩やかで、大企業でなければ対応できないという批判への対処として制度化された経緯があります。しかし今回の件を受けて、民間機関によるシステマティック・レビューの信頼性や、意図的に有意なデータが出るまで実験を繰り返すなどの不適切な運用が問題になっています。これは、まさに「当たるまでおみくじを引く」ような行為であり、科学的信頼性に欠けるものです。

期待と実感をどう測るか――効果の評価法に課題
唐木 それは非常に深刻な問題です。一定程度の客観的な科学的エビデンスを基に、効果をうたうことを認める代わりに、そのエビデンスの質を確保する制度が必要です。そのような制度は、消費者の信頼を高めるとともに、業界全体の健全な発展にも寄与するはずです。
大西 私もそのように思います。先生もおっしゃるように、医療には「手術や薬の効果」と「医師への信頼」という2つの要素があります。健康食品においても、摂取することへの期待と実際の物質作用の相乗効果が効能として感じられる面が大きいと思います。
健康維持と軽症改善――異なる評価基準の設計を
唐木 日本人の7~8割が健康食品を試した経験があるとの調査もあります。効果が感じられなければ、誰もリピーターにはなりません。ですから、消費者が感じる効果を適切に評価できる試験法を取り入れることが、制度として非常に重要だと思います。健康食品は医薬品とは異なる視点から、試験方法や評価方法を設計すべきです。
審査体制と事業者の体力――信頼と救済の制度設計へ
大西 そうですね。医薬品は基本的に病気を治すものですが、健康食品は健康な人が病気にならないようにする、つまり予防的な意味合いが強いと思います。そのため、医薬品の評価方法と健康食品の評価方法は当然異なるものであるべきです。
唐木 おっしゃるとおりです。健康維持効果を測定する臨床試験は非常にむずかしく、将来病気になるかどうかを評価するには、長期にわたる大規模な疫学調査が必要になります。また、現在の健康食品の利用者の半数は、軽度の症状を自ら治そうとしてセルフメディケーション的に利用しています。したがって、健康維持と軽症の治療の両方に対応できる試験設計が必要です。
また、現行制度では健康食品の臨床試験において、病者を対象にすることができず、健常者のみを対象とすることになっています。ただし、血圧や血糖値が高めなど、いわゆる「境界域」の人であれば試験対象として認められることになっています。

大西 そうですね。ですから私は、EUのように一定の科学的エビデンスを審査する制度が望ましいと考えています。今回の紅麹の件は、対応したのが中堅以上の企業だったからまだ良かったものの、もっと規模の小さい企業だった場合、被害者が泣き寝入りせざるを得ない可能性があったと思います。
確かに、もともとトクホは大企業しか対応できないということで、規制緩和の一環として機能性表示食品制度が導入されましたが、事故が起きた際の補償などを考えると、一定の審査に耐え得る体力のある事業者に限定する方向性も検討すべきではないかと思います。すでに認められた成分については審査を簡素化し、新規成分については厳格に審査するといった強弱をつけた制度も考えられると思います。
唐木 その視点は非常に重要です。被害者救済の観点からも、ある程度の企業体力が必要です。医薬品でも同様に被害者救済制度がありますから、健康食品においても同様の枠組みを検討すべきです。たとえば、基金を設けて対応するなどの方法もあります。
大西 おっしゃるとおりです。広く「食品」として扱っている限り、制度的には対応が難しい部分があります。たとえば、食品全般に食中毒などの救済制度を適用するわけにはいきません。ですから、やはり錠剤・カプセル形状に限定した上で、より厳しい規制を設ける。その代わりに、ヘルスクレームなどを一定程度認めるという、規制とメリットのバランスをとる制度設計が必要です。
唐木 そのとおりです。用途の観点から見れば、病気の方は医薬品を、健康維持や軽微な症状の改善にはサプリメントを、という明確な区別があってしかるべきです。それによって医療費の高騰にも歯止めがかかりますし、被害者救済制度もそれぞれのカテゴリーに応じて整備することが可能です。
大西 先生が繰り返しおっしゃっているように、セルフメディケーションの推進は医療費の増大が避けられない日本社会にとって非常に重要なテーマです。真面目にサプリメントを摂取している人たちの行動を支える制度こそ、国民の健康と社会の健全性を守るものだと考えます。
唐木 高騰する医療費が国家財政を圧迫する中で、セルフメディケーションは極めて重要です。ただ、それを推進するには制度と教育の両方が必要です。紅麹サプリ事件を機に、制度全体を見直すべき時期に来ていると私は思います。
先生も指摘されたように、消費者は現在の複雑な制度をほとんど理解していないのが実情です。アメリカではダイエタリーサプリメント教育法という名称になっており、「教育」という視点が強調されています。制度の適切な運用には、消費者がその制度をどのように理解するかが非常に重要であると思います。
【文・構成:田代 宏】