サラシア物語~試練と再出発(中) 混迷と対立を超えて「サラシア」名称統一への道のり
無効審判請求による商標登録の取り消しに伴い、「サラシア」という名称が一般名称として自由に使用できるようになったとはいうものの、同業界を覆う霧はなかなか晴れなかった。
商標無効後も続いた業界の二極化と対立構造
業界は大きく分けて、コタラヒムグループとサラシアグループの2つに割れていた。主に、㈱パールエース(塩水港精糖)、㈱シールド・ラボ、㈱盛光などが参加するコタラヒムグループに対し、森下仁丹㈱および㈱タカマと同社が組織する「サラシアの会」会員企業らの勢力である。
当時の業界紙は、両グループに配慮し、「コタラヒム特集」と「サラシア特集」の担当者を分けて特集企画を組んでいたほどである。ちなみにサラシアの会には、このたび医薬品成分「エフェドリン」混入の原因を作った松浦薬業㈱も加入していた。
また、業界には2グループの間を行ったり来たりする得体の知れないブローカーが存在しており、彼らの周りには、原料の販売権や特許権を巡る怪しいうわさが絶えなかった。
影で暗躍するブローカーも
「サラシア」や「コタラヒム」を巡る業界の混乱はなおも続く。暗躍するブローカーや企業の相関図は複雑だ。これまでに登場した企業以外にも、スリランカから原木を輸入販売する商社的な活動を担う事業者がいくつかあった。筆者が知る限り、カギを握る人物が3人ほどいた。元富士フイルムの幹部だったというK社のA氏、スリランカ政府から独占輸出の許可を取り付けていると豪語するS社・B氏、そして元S社の顧問でもあり、A氏の資金援助により会社を立ち上げたといわれるM社・C氏の3人だ。
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スリランカ輸出禁止による混迷
スリランカ政府は2006年、自然保護を目的にコタラヒムの輸出を禁止したため、コタラヒムの原木を入手するために各社が原木の入手に向けて競い合った。大量の原木を確保しているというB氏が、スリランカ政府発行の書類を根拠に、何十トンという原木を各社に販売した。一説には、金銭だけ巻き上げて原木を入れていなかったなどの話もある。そしてその後、B氏が主張する独占契約書はニセモノだったということが分かった。これはある会社との裁判の過程で明らかになったとされている。
06年7月、コタラヒムブツの普及啓発を目指す『アーユルヴェーダ・コタラヒムブツ協会』が発足、企業・学術関連で19団体が参加した。同協会の活動を妨害にかかったのがB氏とされる。コタラヒムの商標権や特許をちらつかせ、顔見知りの研究者をそそのかして協会の分断を図った。関係者は頭を抱えていた。
B氏は「コタラヒムブツを含有する健康食品」、「コタラヒンブツを含有する健康食品およびその製造方法」などの特許出願も行っているが、最終的にこれらの特許は成立していない。
彼らのその後について、B氏やC氏は、神田や茅場町で事業を続けているのを2017年頃まで確認しているが、その後の消息については聞かない。A氏と筆者は親交があり、彼の自宅を何度か訪問したこともある。13年4月、スリランカ国内におけるコタラヒム・パウダーの製造と工場建設に関する許可を受け、新会社を立ち上げるなどして新規顧客向けにサンプルの提案を積極的に行っていたが、結局、事業が継続することはなく、その後の行方は分からない。
富士フイルムの参入と「サラシア」名称統一への転機
ところが、スキャンダラスな業界が一変する時がやって来た。
2007年、異業種からヘルスケア産業に参入した富士フイルムがダイエットサポートサプリメントとして『メタバリア』を発売。以後、同社がサラシア業界のリーダーシップを取ることとなる。
08年8月21日に第1回「サラシア属植物シンポジウム」が開催され、サラシアに関する研究成果を報告。それからも回を重ねた後、第5回シンポジウムを控えた12年10月1日、新たな団体「サラシア属植物普及協会」が発足を宣言した。同協会は、「サラシア属植物の普及と消費拡大」、「原材料や製品の品質向上による国民の健康増進」を目的に掲げているが、同時に会員相互の親睦も目指していた。その後、大きな使命として「名称の統一」がミッションとなる。
実質的には、同シンポジウム事務局が設置された07年に発足したとも言えるだろう。過去には、サラシア普及協会やコタラヒム普及協議会といった団体が存在したが、それぞれのメンバーを集約して結成。冨士フイルム、森下仁丹、小林製薬をはじめとした企業と京都薬科大、近畿大、城西大などがメンバーに名を連ねている。
開催当初、サラシア属植物シンポジウムには「アーユルヴェーダ・コタラヒムブツ協会」などが後援に付いていたが、協会発足後の第5回からはその名も消えている。こうして「サラシア」は名実ともに統一名称として成長し、やがて業界共通の認識として学術名称「サラシア属植物」が誕生することになったのである。
(つづく)
【田代 宏】
(冒頭の写真:サラシアの原木)
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