物流問題と送料無料表示を再考(3) 【回顧ドキュメント】EC業界と物流業界の温度差
2023年8月10日開催の第4回「送料無料」表示見直しに関する意見交換会では、(一社)セーファーインターネット協会(SIA)が登壇した。ヤフーやメルカリなどを会員に持ち、インターネットの安心・安全な利用環境を整備する役割を担う同団体は、これまでの意見とはやや異なる視座から「送料無料」表示の見直しに切り込んだ。
SIA、誤認の実態に疑問呈す
SIAの主張は、「送料無料」表示を問題視する前提に、消費者が運送費用を負担していないという“誤認”があるとされているが、その認識が本当に社会全体に広がっているのか、まずは事実を確認すべきだというものである。誤認が前提であるならば、それを示すエビデンス、根拠を国に明示してほしいというのが、SIAの立場だった。
その上で、仮に表示を見直す必要があるのであれば、全事業者が一斉に対応できる制度設計が不可欠であると訴えた。すなわち、「送料込み」や「送料当社負担」といった代替表現の幅を広く認めつつ、ルールは公平であるべきという主張である。大手企業だけが新ルールに対応できるような制度設計は、市場の健全な競争を歪める可能性があるため、慎重な設計が求められるという指摘だった。
「送料無料表示」の多様な実態
同氏は、ECにおける「送料無料」表示の実態について複数のパターンを指摘した。1つは、運賃を売主が全額負担しているケース。もうひとつは、実際には商品価格に送料を転嫁しているケースである。さらに、定額の年会費やサブスクリプション型サービスを通じて、送料相当分を別の形で回収している事業者も存在するとした。
「送料●円」といった表示であっても、必ずしもその額が実費の運賃とは限らず、取引上の機密情報として開示されないことも多い。また、表示内容は企業の販売戦略やサービス設計に依存しており、消費者も「送料がどこかで発生している」ことをある程度理解しているのではないかとの見解も示された。
メリットとデメリットの両面を整理
「送料無料」表示には明確な利点もある。SIA会員社によるECプラットフォームでは、体感値として「送料無料」商品は「送料あり」商品よりも約1.5倍多く売れるとされており、消費者行動に大きな影響を与えているという。
一方で、注文の分散化により配送回数が増え、1件あたりの物流コストが上昇するという課題もある。多頻度・少量配送の増加は、物流業界の現場における負荷を高め、ひいては環境負荷の増加にもつながると指摘された。
ヤフーの「おトク指定便」
また同氏は、消費者の行動変容を促すための独自の取り組みとして「おトク指定便」の事例を紹介した。これはヤフーショッピングにおいて、配送日を急がない注文に対してポイントを付与するインセンティブを付けたもので、実証実験では約半数の注文者がこの仕組みを利用。物流負荷の軽減に一定の効果が認められたことが示された。
つまり、「送料無料表示の見直し」そのものよりも、消費者行動に働きかけるインセンティブ設計の方が、現実的かつ実効性のある手段ではないかというのがSIAの主張である。
さらに、表示の見直しを進めるにあたり、行政側が必要とする法的根拠と、事業者が求める説明責任のバランスに配慮しながら、ルール作りを進めるべきであるとも指摘。あくまで「自由な表現と規制の境界線」を見極めつつ、表示の誤認を防ぐための「表現ガイドライン」の整備を呼びかけた。
インターネット社会における規制のあり方を問い直した第4回意見交換会。自由であるべき市場と、守るべき労働・物流の現実との間で、いかにして“納得感”のある共通ルールを形成するかが、次の大きなテーマとなる。
(つづく)
【田代 宏】