急ぎ過ぎた国が見落としたもの(後) 【狂察】「早期決着」が招いた真相の曖昧さ~JAL123便との構造的共通点
紅麹サプリ事件の本質を考える上で、1985年に起きた日本航空123便墜落事故との類似性は見過ごせない。両者に共通するのは、「構造的問題の放置」と「説明責任の曖昧さ」、そして「検証なき決着」への傾斜である。
JAL123便事故では、圧力隔壁の修理ミスが直接原因とされたが、その背景にあった企業体質や行政の監査不備には十分踏み込めなかった。事故調査報告書は「迅速な決着」を優先し、情報公開も限定的だった。紅麹事件でも、未知の成分「ピークX」に責任を帰す報告が先行し、制度的な欠陥や行政監督の脆弱性は後回しにされた。
さらに、両事件ともに「因果関係の過度な重視」が共通している。
JAL機事故では、音声記録や急減圧の詳細説明が不十分だったことが遺族から指摘された。事故当時、相模湾上空で垂直尾翼の一部や補助動力装置(APU)などが機体から脱落し、海に落下した。事故原因の究明のためには残骸調査の必要性が強く求められたが、国は当時の調査能力では有力な手掛かりはつかめなかったとして残骸の引き揚げに着手しなかった。
報告書には、「昭和60 年11 月1 日から11 月20 日までの間に、海上保安庁の測量船及び海洋科学技術センターの海中作業船により、相模湾の海底に沈んだ可能性のある残骸の調査を次のとおり実施したが、同機の残骸の一部とみられるものは発見されなかった」(原文ママ)とし、調査区域や調査方法の記載が続いているが、果たして本当だろうか?
実はその後、事故から30年が経過した2015年、テレビ朝日の報道によって、静岡県東伊豆町沖の水深約160メートルの海底でJAL123便の部品とみられる物体が発見されたことが報じられた。この物体は、APUの周辺に取り付けられている「コントロールボックス」と呼ばれる部品の可能性があると指摘され、この発見により事故の詳細な状況解明が進む可能性があると期待されたものの、「当時の状況と異なる」などを理由に、国は今も引き揚げ作業を行おうとしない。
紅麹事件でも「因果関係が不明なものは報告対象外」との論理が支配的であり、その結果、被害者の声が制度の外に置き去りにされた。
24年5月28日、厚生労働省が国立医薬品食品衛生研究所と行った「ラットの7日間反復投与試験」の結果が公表された。その資料には「ラットの90日間反復投与試験」も実施予定との記載あったが、結局のところ実施されなかった。そして9月18日に4人の専門家を交えた「紅麹関連製品に係る事案の健康被害情報への対応に関するワーキンググループ(WG)」が開催され、腎障害を引き起こしたプベルル酸を巡る意見交換も行われた。その時、ラットに投与した高用量のプベルル酸が人間が摂取した場合にどうかという評価について、専門家から質問が出たが、厚労省はその場で答えることはできなかった。にもかかわらず、当日公表された資料には「化合物Y単品、化合物Z単品を投与した結果では、腎臓の毒性所見は認められなかった」とし、プベルル酸が腎毒性に悪さをした有力な成分として特定された。公表した資料には、5月28日時点で実施予定とされていた「ラットの90日間反復投与試験」の文字は消されていた。そして今では、健康被害に関与した成分は「プベルル酸」というのが定説化している。
後で分かったことだが、当日会議に参加した4人の専門家は7日間反復投与試験のデータを事前に見せられていなかった。厚労省が言うには、「この時の会議は、健康被害への対応を審議する会議で、原因究明のための会議ではなかった」ということである。そして、紅麹サプリに機能性関与成分として配合されている医薬品成分のモナコリンK(ロバスタチン)については「検証していない」とも言った。しかし関係者の話では、紅麹サプリを摂取した後に健康被害を訴える人の中には、原因物質としてプベルル酸が疑われる「ファンコニー症候群」だけではなく、モナコリンKが原因として疑われる「横紋筋融解症」と診断された患者もいるとのことだ。
健康被害の原因を、不衛生な工場において製造過程で混入した青カビ(プベルル酸)のせいだったと断定した国は、機能性表示食品制度をガイドラインベースの運用から法令ベースへと格上げした。
このような制度変更という「幕引き」の演出もまた似ている。JAL事故後は日本航空の民営化によって問題解決がなされたかに見えたが、実際には説明責任が置き去りにされた。紅麹事件も、府令・省令の迅速改正という“成果”の陰で、過去の運用不備や医薬品成分を機能性関与成分として容認している制度の構造問題には正面から向き合うことなく闇に葬り去った。
「時間が経てば風化する」――これは、日本における行政・企業の癒着構造に共通する心理である。しかし、JAL機事故では遺族による情報開示請求が、40年近く経っても続けられてきた。紅麹サプリ事件においても、今後同様に「声なき声」に耳を傾ける覚悟が求められる。
行政・企業がもたれ合う複雑かつ幾重にも重なる構造的問題を解体し、制度の透明性と説明責任を徹底することこそが、本当の意味での再発防止につながる。紅麹事件が投げかけた問いは、単にサプリメントの安全性にとどまらない。日本社会における「情報と責任の扱い方」そのものが、今、根底から問われている。
(了)
【田代 宏】
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(冒頭の画像:昨年のセミナー開催時のサムネイル)