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課題克服へ業界団体の一致結束を! 【寄稿】健康食品業界の課題と展望

東京大学名誉教授 唐木 英明

紅麹事件が投げ掛けた課題

 健康食品業界では、3月に発覚した紅麹サプリ事件は歴史に残る大規模食中毒事件に発展した。筆者も騒動に巻き込まれ、小林製薬の記者会見後の10日間に約30件のテレビのスタジオ出演とビデオ出演、新聞とラジオのインタビュー、そして中国と香港のテレビ出演まで入って、テレビ局近くのホテルに泊まりこむなど眠る時間もないほど過密なスケジュールだった。
 それはさておき、この事件は健康食品業界が2025年に解決すべき深刻な課題をいくつも提示している。

安全文化の構築を目指せ

 第1の課題は「安全文化の構築」である。安全文化とは、組織や企業において安全を最優先とする価値観や行動を指し、事故や災害を防ぐための意識や行動が組織全体に文化として浸透している状況を意味する。
 小林製薬㈱の「事実検証委員会の調査報告を踏まえた取締役会の総括について」には、「紅麹を培養するタンクの蓋の内側に青カビが付着していたことがあり、その旨を品質管理担当者に伝えたところ、当該担当者からは、青カビはある程度は混じることがある旨を告げられた」と記載されている。そしてこの青カビが有毒物質プベルル酸を産生する特殊な株であったことが大きな事件を引き起こした。

 青カビは餅やミカンなどで見かける身近な存在であり、これまでは重大な健康被害はなかった。しかし培養工程に青カビが混入したことは衛生管理が極めて不十分であったことを示している。培養工場は法律に従って衛生管理基準HACCPを採用していた。そしてカビ類の侵入は最も注意が必要な「重要管理点」のはずである。この出来事は、HACCPの採用は重要だが、これを遵守する安全文化がなければ何の役にも立たないことを示している。
 これは健康食品業界だけの問題ではない。2020年12月に小林化工㈱が製造販売していた経口抗真菌剤に通常臨床用量を超える睡眠剤が混入し、死者が出る事件が起こった。HACCPよりずっと厳しい衛生管理基準であるGMPが義務化され、厳格な製造工程管理が行われていたはずだが、それが順守されなかったのだ。
 紅麹事件を受けて、国はサプリ形状の機能性表示食品と特定保健用食品(トクホ)についてはGMPに沿った製造管理を義務化する対策を実施した。GMPは安全確保に資するものではあるが、遵守しなければ何の役にも立たない。事件や事故の大部分はヒューマンエラー、すなわち安全文化の問題である。

急がれる消費者の信頼回復を

 第2の課題は「消費者の信頼回復」である。紅麹サプリ事件は消費者による健康食品の買い控えに発展し、売上は1割減少したともいわれる。事件により健康食品に対する信頼は大きく損なわれた。そして信頼を回復するためには地道な長い努力が必要である。

 信頼回復の最も重要な方法は、これ以上「悪いうわさ」が出ないようにすることだ。そして最も重要なことは健康被害の防止である。その原因はプエラリア・ミリフィカのように機能性関与成分自体の問題もあるが、痩身剤や勃起促進剤などの医薬品等の混入、そして紅麹サプリ事件のような製造工程管理の失敗などもある。次は経済被害の防止であり、「お試しのつもりが定期購入だった」など契約条件が明確に示されていない例、解約手続きが困難なこと、解約条件が厳しいことなどの問題である。さらに誤解を招く広告も後を絶たない。もちろんこれらの問題に行政は対応しているが、その件数は減る気配を見せない。それではどうしたらいいのだろうか。

全ての健康食品にサプリGMPを

 問題を起こした製品の大部分がいわゆる健康食品であることはよく知られている。もちろんそれは全体から見ればほんの一部だが、それが消費者の不信の大きな原因になっている。その背景は、いわゆる健康食品は法律上は単なる食品であり、一般の食品以上に厳しい規制を行うことが困難なことがある。そうであれば、いわゆる健康食品を食品と切り離すことで厳しく規制することが考えられる。

 健康被害の主な原因は、有効成分を抽出し、濃縮してサプリ形状に加工し、高濃度を継続して摂取できるようにしたためである。そうであれば、サプリ形状の製品は医薬品あるいは保健機能食品と見なして、それ以外の一般食品についてはこれを禁止する「形状規制」が考えられる。かつてはこれを厚生省薬務局長通知「無承認無許可医薬品の指導取締りについて」(通称46通知)により実施していた。しかし2001年にこれが解禁され、その後サプリ形状のいわゆる健康食品の問題が急増した。この形状規制を再度実施することも1つの方法だが、01年の解禁の原因になった貿易摩擦問題が再燃しかねない。
 そこで考えられる手段は、全てのサプリ形状食品の製造工程にGMPを義務化することである。

迫られる制度の見直し問題

 第3の課題は「健康食品の制度問題の解決」である。かつての健康食品は国の関与がないいわゆる健康食品だけだった。その後、トクホ制度が新設され、これをきっかけにして栄養機能食品、機能性表示食品と新たな制度が積み重ねられた。そして、これらの制度の整理統合は全く行われなかった。その結果、薬局やスーパーの店頭には基準が異なる4種類の健康食品が並び、その隣には胃腸薬などの一般用医薬品(OTC)が並んで、消費者にはほとんど見分けがつかないという、世界にもまれな混乱状態になった。これが消費者の利益になるとはとても思えないのだが、これを改善しようという動きはない。

機能性表示食品固有の問題ではない

 この混乱が紅麹サプリ事件の対策にも大きな影響を与えた。事件は製造工程管理の失敗という、どこでも起こり得る一般的な問題であることはすでに述べた。ところがこれが機能性表示食品に特有の問題であるような大きな誤解が広がった。
 「この制度はアベノミクスの経済活性化のために急遽作られたものであり、国の審査を必要とせず、単なる届出であるため問題が起こった」という誤解だ。その結果、機能性表示食品に限って制度の厳格化が行われ、その対策はトクホにも広げられた。しかし、最も問題が多いいわゆる健康食品は放置されたままである。対策を指示した政治家の皆さんは、多くの消費者と同様に、健康食品には4種類もあること、多くの問題を起こしているのはいわゆる健康食品であることをご存じないのではないだろうか。

一刻も早く試験法の改善を

 紅麹サプリ事件からは離れるが、制度のもう1つの大きな欠陥は、健康食品の効果判定にプラセボ対照試験を義務化したことである。この試験は慢性の疼痛、不眠、軽いうつなど多くの軽い症状ではプラセボとの有意差を得ることが困難なことが薬理学的に証明されている。これを受けて、医薬品の臨床試験ではプラセボ対照を義務化しないことが厚労省課長通知で示されている。ところがなぜかトクホと機能性表示食品ではこれを義務化してしまった。その結果、効果の根拠となる臨床試験で有効性を示すことが難しく、統計学の不適切な使用でやっと効果を示すなどの深刻な問題が発生している。

 さらに大きな問題は、このことが原因で「健康食品は効果がない」という誤解までもが広まっていることだ。このことを明確に示しているのが厚生労働省のパンフレット「健康食品の正しい利用法」である。そこには「飛びつく前に、よく考えよう!」と題して、「健康食品が原因で体調を崩す事例なども出てきており、注意が必要」と、そのリスクを詳細に記載する一方で、効果や使用法は一切記載していない。多くの国民がその効果を実感して継続使用することでセルフメディケーションの重要なツールとしての地位を確立し、その市場が年々拡大しているのが健康食品である。消費者は、健康食品はどの程度有効なのか、どんな時に、どのような飲み方をすべきかなどを知りたがっている。その答えを求めて厚労省のパンフレットに行き着くと、そこには「健康食品は危険だからやめておいた方がいい」としか取れない記述があり、その効果も適切な使用法も一切書かれていない。これを見た消費者は混乱するしかないだろう。

メディア、消費者団体、業界団体に求められる役割

 消費者の側に立って混乱の解決を図るのがメディアと消費者団体と業界団体の役割だが、三者共にこのような事情を知らず、厚労省の見解に従って健康食品のリスクに警鐘を鳴らすばかりである。次は臨床試験の専門家である薬理学者の出番だが、実は薬理学者である筆者自身がかつては厚労省と同じ「健康食品不要論」だった。多くの薬理学者も同じで、プラセボ対照試験の結果を見て「効果があれば医薬品になるはずであり、効果がないから健康食品なのだ、効果がないものは不要だ」と思っていた。その後、プラセボ対照試験の欠点に関する論文を読み、厚労省課長通知を読んで誤解にやっと気が付いた。いまさら偉そうなことは言えないのだが、己の不明を恥じるとともに、行政には一日も早く試験法の改善とパンフレットの改定をお願いしたい。

 以上、解決すべき問題点を指摘したが、それでは誰がこれを実現するのだろうか。最終的には行政の役割だが、誰も何も言わなければ行政は動かない。そして行政に提言を行うのは業界団体の役割である。業界団体とは、業界全体の健全な発展を目指して共通の目標を達成することを目的とする存在であり、業界全体の利益を守るために規制や政策の提言を行うことで問題解決を図ることがその任務であると考える。本年度の課題として、紅麹サプリ事件が提示した健康食品の多くの問題の解決に業界団体が全力で取り組むことをお願いしたい。

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