臨床試験論文に「スピン」? スピンの判断基準に「議論の余地あり」か
元・国保旭中央病院医長の染小英弘氏らの研究グループが、食品CRO機関が実施した一部の機能性表示食品の臨床試験の論文などに「スピン」があったと発表。事業者が「判断基準が分からない」とするなか、東大名誉教授の唐木英明氏はスピンを取り上げたこと自体は評価しつつも、そのスピンの定義に「議論の余地あり」と見解を述べる。これまでの経緯を追った。
臨床試験100件を抽出、リリース・広告を調査
今年3月、京都大学は「機能性食品の臨床試験を元にした広告への問題提起-優良と誤認させる要素が多く含まれる―」と題したプレスリリースを出した。元・国保旭中央病院医長の染小英弘氏らの研究グループが、メタ疫学研究(研究を対象とした研究)によって、食品CRO機関が実施した一部の機能性食品の臨床試験の論文と、それを基にした広告に、優良と誤認させる要素が多く含まれることを明らかにした。
発表によると、研究グループはUMIN臨床試験登録システムに日本の大手食品CRO機関5社によって登録された臨床試験726件のうち100件をランダムに抽出、その中から食品に関連したものを選び、それらの研究の質を検討。また、それらの研究結果のプレスリリース、研究結果を基にして販売された商品の広告において、研究結果がどのように広報されているのかについても検討した。
その結果として研究グループは、76件が食品に関連したもので32件が論文として出版、臨床試験の結果を広報する3件のプレスリリースと、臨床試験を基に製造・販売された食品の広告8件、計11件を同定した。32件の論文では、実際に報告された主要評価項目の数が、計画段階の主要評価項目の数のおよそ2倍となっており、32件のうち26件(81%)の論文の抄録で、結果と結論の不一致(スピン)を認めた。また、11件のプレスリリースと広告のうち、8件(73%)に結果と解釈にスピンがあったとしている。
研究グループは、今回の研究はあくまで日本の機能性表示食品の臨床試験の一部だけを評価したものだが、一部の試験だけであっても結果と結論にスピンがあり、それがそのまま消費者やメディアに伝えられていることは、大きな問題だと考えているとしている。
同研究成果は、国際学術誌「Journal of Clinical Epidemiology(臨床疫学ジャーナル)」(オンライン版)に2月28日(米国東部標準時)に発表され、5月には染小氏を筆頭執筆者とする論文(以下:染小論文)「Misleading presentations in functional food trials led by contract research organizations were frequently observed in Japan: meta-epidemiological study」(受託研究機関主導の機能性食品試験における誤解を招く表示が日本で頻繁に観察:メタ疫学研究)が、「Journal of Clinical Epidemiology169巻(2024年5月)」に掲載された。
サイエンスポータルが発信、試験で有利な結果を強調?
4月4日、染小論文の内容を「機能性表示食品の臨床試験、有利な結果を強調」というタイトルで、サイエンスポータル((国研)科学技術振興機構)が報じた。ウェルネスニュースグループ(WNG)編集部では、サイエンスポータル編集部、論文の対象となった食品CRO機関、同機関が行った臨床試験を基に作成された届出論文に基づき「リリース」または「広告」した企業に対して取材を行った。
ライフサイエンスに対して、多くの情報の中からどのような基準で特定の情報を取り上げているのか、多くの論文の中から染小論文を取り上げた理由について聞いたところ、「編集部にて、読者に届ける価値が高いと考える情報を選んでいます」と回答。また、「論文の対象となった5社に対して何らかの取材、確認を行ったのか。その後、対象5社から何らかのアプローチがあったかどうか」という質問に対しては「取材内容に関わりますため、お答え致しかねます」との回答だった。
論文の対象となった食品CRO機関に対しては、「Science Portal」もしくは「臨床疫学ジャーナル」から取材があったか、掲載の内容に間違いないか、間違いないとすれば、その指摘に対する受け止め(反論も含めて)、今後の対応(対策)はどうするかについて質問した。ノーコメントとした企業もある中、取材についてはいずれも受けていないと回答。掲載内容について、ある食品CRO機関は、論文中で使用されたUMIN登録数に関しては概ね間違いないが、委託された研究結果について責任著者としての論文発表やプレスリリースなどは行っておらず回答する立場にないと考えていると回答。また別の食品CRO機関は、クライアントへの「報告書提出」までが業務のため、その後の論文は企業サイドで書いている。掲載されていた内容に関して、自社が論文を書いた試験は入っていなかったと回答した。また、機能性表示食品の届出に関する論文は査読付きの論文が前提となり、結論の妥当性については査読者が判断するものと考えているという声もあった。また今後の対応については、いずれも特別な対応を取る予定はないとする回答だった。
該当ページの削除も判断基準が分からない
「リリース」または「広告」した企業の中には、有利な結果だけを意図的に紹介したつもりはないが、誤解を招くということに関しては厳粛に受け止め、該当ページは非公開にしたという事業者もあった。ある食品メーカーは、当該論文において具体的なスピンの箇所は記載されておらず、詳細は不明であるため、誤認については判断が付かないと回答。「Science Portal」の内容、論文の内容に対しての受け止め(反論も含めて)については、ヘルスケア産業の発展に向けて、機能性表示食品制度についてさまざまな立場からの意見が活発に議論されることは重要であると捉えている。国が定める制度に従い科学的根拠を示した上で機能性表示食品の届出を行い、また関係法令やガイドライン等に従い広告活動を行っている。スピンについて詳細を把握できていないため、反論含め当該論文に対するコメントはないが、科学的根拠の質の向上に向けこれまで通り継続的に取り組むと回答した。そのほか、論文内に記載されている「spin」や「誤解を招く表示(Misleading representation)」に関して判断基準が分からず回答が難しい。今後も真摯に研究開発に取り組むという回答があった。
染小氏、解説記事を掲載 WNG、染小氏を直撃
5月24日、『日経サイエンス』に染小氏が寄せた解説記事「機能性表示食品にあふれる誇張表示」が掲載された。研究グループはスピンについて、「臨床試験の結果の解釈を歪め、データによって立証されるよりも有利な結果を示唆することで、結論を誤解させるような報告方法」と定義。誤解を招く表示は「景品表示法第5条」(不当な表示の禁止)に抵触する恐れがあると警告している。WNG編集部は染小氏に対して、「論文を執筆したきっかけ」、「スピンの判定法」、「機能性表示食品や健康食品に対する考え方」などについて取材した。
今回の論文執筆のきっかけについて同氏は、研究論文の対象にもなった食品CRO機関の1社が昨年打ち出した「有意差保証プラン」を動機の1つに挙げた。「臨床試験においては、効果の証明のために『有意差がある』ことを証明することが求められる。仮に、真に試験食品に効果があったとしても、『有意差がある』ことを証明するのはしばしば困難を伴う。機能性表示食品の臨床試験において有意差が出せるのはどのような場合か関心を持ち、研究を開始した」と話した・・・・・・
【藤田 勇一】
(冒頭の画像:O社が昨年3月7日に発表した時のリリース、その後、「ヒト臨床試験 安心プラン」に変更)
(続きは会員のみお読みいただけます。残り4,702文字。続きは「会員ページ」の「月刊誌閲覧」内「Wellness Monthly Report」2024年11月号(77号)の特集「食品CRO」から)