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唐木英明氏、日本臨床薬理学会で講演 健康食品の新たな試験法「無処置対照試験」を提案

 きのう14日、第45回日本臨床薬理学会学術総会(志賀剛会長)がさいたま市のソニックシティ(さいたま市大宮区)で開かれた。サントリーウエルネス㈱(東京都港区)が開催したランチョンセミナー(中井正晃座長)には、200人の関係者が来場し会場を埋め尽くした。
 セミナーでは、東京大学名誉教授の唐木英明氏が登壇。「健康食品の安全性・有効性を科学する」というテーマで講演した。

 唐木氏は、国民の5割が常用し、7割以上が使用したことのある健康食品の有用性と有害性について説明した。
 このように、健康食品市場がすでに1兆円を超えているにもかかわらず、行政省庁が「無効有害」とする健康食品に対する誤解がなぜ生まれたのか、その根本原因を薬理学者という立場から分析し、健康食品に対するニーズと誤解の間に生じているギャップを解消し、国民のセルフメディケーション・ツールとして活用するための解決策として、新たな臨床試験のあり方を提示した。
 質疑の時間には聴講者から多くの意見や質問が投げかけられ、この問題に対する関心の高さがうかがわれた。

行政は消費者に対して不誠実

 唐木氏は冒頭、過去長い間、薬理学者として健康食品には懐疑的な立場を取っていたと告白。「効果があるなら薬になるはずと思っていた」と述べた。
 健康食品への理解が進んだのは、「食品の機能性評価モデル事業」(2012年)に評価パネル委員として参加したことがきっかけとなった。その後、同事業の成果を活かし、2015年に消費者庁が機能性表示食品制度(保健機能食品)を発足させた。

 同氏は、過去に起きた健康食品によるさまざまな健康被害事例を紹介した。そのほとんどが、「いわゆる健康食品」における過剰摂取や医薬品成分の混入などに基づいていた。
 今年3月に発生した紅麹含有の機能性表示食品にしても、「あくまで製造工程に問題があったのであり、機能性表示食品制度の問題ではなかった」と説明。
 これらの問題に対して、行政サイドでは規制強化を進めることで健康食品のリスクばかりを強調してきた。利用する側の消費者にとって、健康食品に関する情報は誇張した「宣伝」や「表示」ばかりで、有効な選択肢が与えられていないのが実情。これは、「飛びつく前に、よく考えよう」などというパンフレットを普及するばかりで適切な選択の具体的説明をせず、効果は述べずにリスクのみを強調してきた行政や業界団体の責任。
 「だれが、何のために、どのように使えば、どんな効果があるのか、適切な選択の内容を明らかにすることなく、消費者に対して不誠実な状況にある」と指摘した。

薬理学者が率先して解決すべき問題

 同氏は薬理学者としての自らの経験を踏まえ、「行政がそのように考える根拠はそもそも薬理学者にある」と指摘。かつては、健康食品の有効性をプラセボ対照RCTで示すことは困難で、効果があるならば薬にすればよいと自分も考えていたが、その後、薬理学の研究を見直すことで、「健康食品の試験法としてプラセボ対照RCTが不適切であることに気付いた」、「これは薬理学の問題であり薬理学者が率先して解決すべき問題だと反省を踏まえて考えるようになった」という。

なぜプラセボ対照RCTは不適切なのか

 プラセボ対照RCTにおいて、まず被験者(症状)の問題があると説明した。医薬品の被験者は病者のため治療効果は大きいが、健康食品は健康な成人もしくは境界領域の被験者を対象とするために測定できる効果は小さい。すなわち治療効果は小さい。

 プラセボ対照RCTの原理は、薬物の効果は薬理作用と心因作用を積み上げたものと仮定する「相加仮説」にある。その上で効果全体からプラセボの効果を差し引いた残りを薬理作用と想定している。しかし実際は、両者は並列であることが明らかになっている。多くの医薬品では薬理作用がプラセボ効果よりずっと大きいため、疑似的に相加仮説が成り立ち、引算で薬理作用を検出できる。しかし鎮痛剤や抗うつ剤などの症状が軽微で心因作用が大きい例では、2つの作用の差が小さくなり、引算による薬理作用の検出が困難になる。

 過去の研究を例示し、「軽度の慢性疼痛の患者では鎮痛剤とプラセボの効果はほぼ同じ」、「軽度または中等度の患者では抗うつ薬とプラセボの効果はほぼ同じ」、「軽症のぜんそくに対してステロイド剤とプラセボの効果はほぼ同じ」などの結果が出ており、同様の臨床結果の例は「数限りない」(唐木氏)。

 これらのことから、多くの薬物の臨床試験ではプラセボ対照RCTが利用できるが、薬物とプラセボの効果の差が小さい健康食品にプラセボ対照RCTを使用すると、引算ではその差が検出できないことがしばしば起こるのである。

プラセボ対照RCTが抱える問題点

 唐木氏は、このようなケースが存在することは「すでに厚生労働省は分かっていた」とし、厚生労働省が2001年に発出している課長通知「『臨床試験における対照群の選択とそれに関連する諸問題』について」(ICH-E10)を示し、プラセボ対照試験の代わりに「無治療同時対照」などを使用することが提言されていることを紹介。プラセボ対照RCTで測定できない健康食品の場合も、「無処置対照試験」(仮)などを採用し、ケースバイケースで対応することを提唱した。

 ただし、現行の機能性表示食品制度では、プラセボ対照RCTが事実上義務化されている。
 「機能性表示食品に関する質疑応答集」(令和5年9月29日改正、消食表第543号)の問45において「最終製品を用いた臨床試験(ヒト試験)を科学的根拠とする場合は、特定保健用食品と同様に試験食摂取群とプラセボ食摂取群との群間比較により肯定的な結果が得られる必要がある」とされている。

 このため健康食品業界では昨年、「有意差保証プラン」を標榜する食品CRO機関が出現。有意差が出るまで試験を繰り返すことをアピールするなど、統計法の不適切な使用が問題視された。

薬理学者の協力を呼び掛ける

 こういう不適切な事態を解消するために唐木氏は、健康食品の試験法の改善策として、特定保健用食品(トクホ)のガイドラインの改定・機能性表示食品のQ&Aの改定による「プラセボ対象試験の義務化の解除」。
 また、「プラセボ対照試験の代替として無処置対象の検討」、しかしその際に問題となるのは薬理作用とプラセボを分離できない場合だとし、その場合の1つの手段として「薬理作用の存在を前臨床試験でしっかり確認すること。効果が確認できればあえてヒト臨床試験で改めて薬理作用を検出しなくてもいい」との考えを示し、今後の検討課題とした。
 さらに、健康維持・セルフメディケーションには薬理作用だけでなく心因作用が重要であるこという認知を進めることが大切とし、薬理学者の協力を参加者に呼び掛けた。

 質疑応答の時間に唐木氏は、機能性表示食品が広がりを見せることによりインチキな健康食品が無くなってほしい。消費者にとって大切なのは「効果の実感」だと私は考える。そのためには、前臨床などを通じて薬理効果をしっかり確認した製品でなければならないなどと説明した。

【田代 宏】

(冒頭の写真:セミナー会場の様子、文中の写真:唐木英明東大名誉教授)

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