ステマ規制の運用は適切だったか? 【寄稿】消費者庁は適切なステマ規制の運用を
のぞみ総合法律事務所 弁護士 山田 瞳 氏
消費者庁の処分に疑念も
消費者庁は、2024年11月13日、大正製薬㈱(以下「大正製薬社」又は「同社」という。)が販売するサプリメント(以下「本サプリ」という。)に係る同社の自社ウェブサイト(以下「本サイト」という。)上の表示が、景表法によって不当表示として禁止されるいわゆるステルスマーケティング(以下「ステマ」という。)に当たるとして、同社に措置命令(行政処分)を下した。
ステマとは、要旨、①実際には事業者が行う表示であるのに、②表示上は、そのことが一般消費者に判別困難であるものをいう(いわゆるステマ告示)。
本件では、同社が本サイトに一部抜粋して転載した、Instagram上でインフルエンサーが投稿した本サプリの表示(以下、本サイトに転載されたこの表示部分を「本件表示」という。)について、実際には、同社がインフルエンサーに本サプリを無償提供する等して投稿を依頼していたのに(前記要件①充足)、本件表示には「PR」表示等がなく、依頼した投稿であることが明らかにされていなかった(前記要件②充足)と認定された。
しかしながら、公表された本件表示を含む本サイトの一連の表示から読み取れる本件表示の態様やその位置付けからすると、本件に措置命令という極めて重い処分を下した同庁の判断には、表示行為の実態に比して過度に重い措置ではないかとの疑念を拭えない。
本件表示の態様とその見方
本件の公表資料の4頁から12頁まで(以下、頁数は公表資料の通し頁を指す。)には、「別紙」として、本件表示を含む本サイトの一連の表示が含まれる(以下「本件別紙」という。)。
この点、景表法における表示の解釈は、「一般消費者」の目線を基準に行うべきとされ、また、基礎とすべきは、特定の文言や写真といったパーツではなく、「表示内容全体」とされているため(ステマ告示運用基準第3の柱書にも「表示内容全体」と明記がある。)、本件別紙を正しく解釈するには、本サプリに関心をもって本サイトを訪れた一般消費者の目線で、本件別紙を上方から下方にスクロールして表示内容全体を閲覧すべきことになる。Instagram上のインフルエンサーの投稿表示を転載した本件表示は6頁目に現れるが、その前後は、大正製薬社や本サプリの名称が随所に散りばめられた本サプリの典型的な広告表示であり、本件表示はこれらの典型的な広告表示に挟まれている。
一般消費者はどう受け止めるか?
このような表示内容全体を見たとき、本件表示だけをその他の典型的広告表示から切り取って、当該部分は、投稿者が作成した表示であるとか、よもや大正製薬社が作成に関与したとは思いもよらないと感じる一般消費者がどれだけいるだろうか。少なからぬ一般消費者は、本件表示部分は、その前後の典型的広告表示と一体のものとして、同社が作成した広告と受け止めないか。むしろそれが「表示内容全体」を見るということでないか。
このように考えると、本件表示は、前後の表示内容全体から見て、②同社が作成したことが表示上一般消費者に判読困難といい切れるのか、疑義が生じてくる。
本件表示の「ステマ告示」運用基準における位置付け
この点に関しては、大正製薬社も、インフルエンサーによるInstagramへの投稿については「#PR」等の表示をしていたが、本件表示については「自社ウェブサイト上に表示しているものであることから、一般生活者においては、インフルエンサーの投稿部分についても当社の広告であることが判別できると考え」ていたと弁明しており、筆者もこれには無理もないと感じる。
というのも、同庁が公表するステマ告示運用基準(9頁)は、「事業者自身のウェブサイトにおける表示」は、事業者の表示であることが一般消費者にとって明瞭である又は社会通念上明らかであるものとして、前記の要件②を満たさないと明記しているからである。
もっとも、実は、この記載はあくまで原則論で、例外として、「ウェブサイトを構成する特定のページにおいて当該事業者の表示ではないと一般消費者に誤認されるおそれがあるような場合(例えば、媒体上で、…一般消費者等の第三者の客観的な意見として表示をしているように見えるものの、実際には、事業者が 当該第三者に依頼・指示をして特定の内容の表示をさせた場合…)」が記載されている。
GLは違法としない安全範囲を示すもの
しかし、ここで重要なのが運用基準の法的性質である。運用基準はガイドライン(GL)であり、ガイドラインとは、これに記載した内容を遵守していれば当局の法律の運用上違法としない安全範囲(セーフハーバー)を示すものであるから[1]、仮にステマ告示運用基準に示された前記例外に抵触したからといって、それだけで、直ちに景表法上の違法性を帯びるとか、まして行政処分相当の違法となるなどといった解釈をすべきではない。
明確な処分基準を作成・周知すべき
もとより、筆者も、予防法務の観点からはステマ告示運用基準は遵守されるべきと考えている。ただ、本件表示のように、結果的に同基準に抵触する可能性があっても、表示の事態に鑑みてステマ要件充足性がグレーなものについては、同庁は、ステマに該当する「おそれのある」表示として、非公表の行政指導相当と位置付けるべきであり、また、これによって事業者に直ちに是正させれば足りると考える。これを行政処分相当と位置付けるのであれば、明確な処分基準を作成・周知すべきである。
巷には、ステマ規制新設の原因となった、より一般消費者に判別し難く、それ故に伏在的に消費者被害を生み出しているステマが存在するはずであり、少なくともステマ規制開始直後の現時点では、同庁の有限な調査資源は、これらの典型的・悪質なステマの摘発と撲滅に充てられるべきだ。
しかるに、同庁が、本件のように広告主が自社ウェブサイトに転載したSNS表示をステマとして措置命令を下すのは、2024年8月のRIZAP株式会社に対するものに続いて本件で2件目であり、このように疑義ある処分を続けていたのでは、法令遵守に真摯に取り組む事業者からは、同庁は、ビッグネームを処分することで耳目を集め、点数稼ぎしたいだけなのではないかといった誹りも受けかねない。
措置命令は事業者にとって極めて重い処分である。同庁には、ステマ告示運用基準の法的性質や資源配分を意識した適切なステマ規制の運用を強く望む。
<筆者プロフィール>
2009年弁護士登録(第二東京弁護士会)、のぞみ総合法律事務所入所。
2019年1月から2021年12月まで任期付公務員として消費者庁総務課に出向。法規専門官として、景品表示法、特定商取引法等の法執行案件の事前審査、紛争(審査請求・訴訟)対応等の訟務事務に携わる。
2022年1月にのぞみ総合法律事務所に復帰。以降今日まで、景品表示法、特定商取引法、消費者契約法等の消費者保護関連法や、医療・医薬品等・ヘルスケア分野に関するビジネス目線での表示レビュー、法的助言、当局対応等を中心に、広く企業法務を取り扱っている。
[1] これに対し、抵触した場合には直ちに違法として行政処分対象となる基準を定めたものは処分基準といわれ、行政手続法に基づき、より厳格な手続によって制定される。
関連記事:消費者庁、サプリのステマを初認定 措置命令を大正製薬に下す、「真摯に受け止める」と同社
:消費者庁、大正製薬に措置命令 【動画公開】11月13日の記者会見アーカイブ