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食品表示をめぐる対立と攻防

東京大学名誉教授 (公財)食の安全・安心財団理事長 唐木英明氏

 最近、遺伝子組換え表示の厳格化、加工食品の原料原産地表示の義務化、そして無添加表示の厳格化という3つの動きがあった。詳細な解説は後段に譲るとし、まずはこれらについて概説する。

遺伝子組換え(GM)表示の厳格化
 1996年にGMの商業栽培が始まり、世界中に広がった。ところが2000年に米国で飼料用GMトウモロコシが食品に混入し、訴訟が起こされ、企業は高額の賠償金で和解した。こうしてGMはアレルギーやがんを起こすなどの誤解が広がり、反対運動が広がった。日本でも不安が広がり、GMの栽培は中断し、輸入も不安視された。そこで国はGMと非GMの分別生産流通管理(IPハンドリング)を実施して、GMあるいは不分別であればその旨を義務表示することにした。しかし完全な分別は不可能なため「意図せざる混入」が5%以下であれば「GMではない」という任意表示を許可し、2001年に制度が発足した。そして5%は多すぎるという意見や「ではない」表示がGMへの不安を煽るといった議論が続いた。
 17年に開催された「遺伝子組換え表示制度に関する検討会」で、消費者の誤認防止、表示の正確性担保、消費者の選択幅の拡大の観点から、「ではない」表示の条件を「5%以下」から「不検出」に引き下げることになり、23年から施行される。分別管理でも1%程度の混入は避けられないので輸入品の「ではない」表示は困難になり、GMを栽培していない国産品だけでこのような表示が行われると予想される。ただし「ではない」表示ができなくなる食品については、IPハンドリングを適切に行っているという任意表示を許す救済策も決めたので、実質的には現状と変わらないことも考えられる。

加工食品の原料原産地表示の義務化
 自民党農林部会長の小泉進次郎議員の強い意向で「日本再興戦略 2016」で全ての加工食品の原料原産地表示が義務化され、16年の「加工食品の原料原産地表示制度に関する検討会」で具体化された。その背景には餃子に農薬を注入した08年の中国産冷凍餃子事件などのため定着した不安があり、「中国産かどうか知りたい」という強い要望があった。
 加工食品の原材料は多岐にわたり、仕入れ先は世界に広がり日々変化する。もし表示に誤りがあれば回収廃棄になるだけでなく企業は信頼を失う。実現可能な方法として取り入れられたのが最多の原材料に限って表示し、3カ国以上から輸入する場合は国名ではなく「輸入」という「大括り表示」を許可し、仕入れ先が変わる場合には多い順に「輸入又は国産」とする「又は表示」である。この措置ですべての加工食品への表示は可能になったが、「輸入又は国産」という表示に意味があるのかという当然の批判が起こっている。

食品添加物の表示の厳格化
 農薬、GMと並んで消費者の不安が大きいのが添加物であり、とくに一部の保存料や着色料に対する不安が大きい。戦後の一時期には大量の添加物を間違えて摂取して被害が起こったことがあるが、厚労省の統計によれば2000年以後、健康被害はない。1989年に全ての加工食品について添加物表示が義務付けられたのだが、そこで問題になったのは一部の添加物を除いた「○○無添加」表示が、添加物が全く入っていないという誤解、添加物は危険という誤解、無添加は健康にいいという誤解を招いていることである。これについて19年に開催された「食品添加物表示制度に関する検討会」は、このような誤認が起こらないような無添加表示についてのガイドライン作成を決めて、現在作業が行われている。

出口なき攻防戦
 これらの食品表示問題には共通点がある。GMも添加物も中国産食品も危険という誤解、そして危険なものは表示すべきという要求と、これらは安全であり、それを「ではない」あるいは「無添加」と表示することが消費者の誤解をさらに大きくするという意見の対立と攻防である。これは「ではない」や「無添加」表示を販売促進に役立てたい事業者と、誤解のない表示を求める消費者の対立と攻防でもあるが、消費者側も一枚岩ではない。今回の措置はこれらの対立を解消するものではなく、表示をめぐる攻防はまだ続くことだろう。

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