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危ういサプリ実名リストを読む(後)   【寄稿】東京大学名誉教授 唐木 英明

 ここまで述べてきたことは科学の世界の話だが、宣伝広告の世界で「誇張した記述」が常態化していることは周知の事実である。その意味で、京大論文の「RCT論文のプレスリリースあるいはこれを使った広告の72%において、『選択的な結果報告』による『スピン』が確認された」という結論は、「さもありなん」という感想を持つ。ただし、広告のスピンと論文のスピンがほぼ同程度であることにはかなりの驚きがあった。そこで京大論文の内容を検証してみた。

京大論文の判定の検証

 京大論文では32報のRCT論文を評価している。筆者1人ですべての論文を調査することはとてもできないので、京大論文で悪い例として記載している論文を取り上げた。それはKikuchiらによる2018年の論文である(Y. Kikuchi et al. Effects of whole grain wheat bread on visceral fat obesity in Japanese subjects: a randomized double-blind study. Plant Foods Hum Nutr 2018;73:161e5.)

 この論文について、京大論文には以下の記載がある。
 「例えば、全粒小麦パンが内臓脂肪型肥満に与える影響を評価した研究では、内臓脂肪面積と血清脂質が主要項目として設定された。12週間の介入後、内臓脂肪面積は有意に減少したが、血清脂質、体重、ウエスト周囲径には変化が見られなかった。この変化がない結果は無視された。血清脂質などの結果は内臓脂肪面積の減少とは関連がないので、製品広告が内臓脂肪面積の減少にのみ焦点を当てることは、一見すると正しいと思えるかもしれない。しかしこれは選択的結果報告であり、『スピン』にあたる。我々の調査ではこのような選択的結果報告が頻繁に見られた」

 この記載は「製品広告」に関するものだが、広告のなかに測定項目をすべて記載してどれに有意差があったのかを記載する必要があるだろうか。問題は「内臓脂肪面積が減少した」という結論に間違いがあるかどうかであり、それは実験結果で確認されているのだから、これは広告の「選択的結果報告」にはなるのか、疑問である。

 問題は宣伝広告ではなく論文本体だが、京大論文による「バイアス」の判定では、「ランダム化プロセス」に低いバイアスがあり、「報告した結果の選択」に高いバイアスがあり、総合してバイアスが高いことになっている。筆者が気になったのは論文の結論において「内臓脂肪面積が減少した」と述べたことが「選択的結果報告」になるのかである。主要項目に設定した内臓脂肪面積と血清脂質のうち、前者には有意差があり、後者にはなかった。だから「内臓脂肪面積が減少した」と述べてはいけない、ということになるのだろうか。

 論文には「結果」を述べる部分と「考察」を述べる部分がある。「実験結果」は客観的事実であり、ここでは選択的記述は許容されない。他方「考察」は著者の主張、すなわち主観的判断を記載するところであり、見方によっては選択的記述があり得る。
 また「要約」は文字どおり論文の要約を記述するところであり、字数も限られているので、著者の主観的判断が反映されやすい。もちろん常識外れの選択的記述は査読の段階で改訂されるはずだが、それでも多少のバイアスはよく目にする。だから研究者が論文を読む時には「方法論」と「結果」に注目し、「要約」や「考察」は参考程度にとどめる。要するに、多くの研究者は論文の「考察」と「要約」にスピンがあり得ることを承知した上で論文を読んでいるのだ。
 これが「スピン」問題が科学界ではそれほど大きな話題になっていない理由だが、それでいいのかは科学界において十分に検討する必要がある。

「Kikuchi」論文、分かりにくいCROの役割

 京大論文を筆者は高く評価しているのだが、疑問に思う点もある。京大論文では、UMIN臨床試験登録システムなどにCROが登録した食品関係のRCT試験76件を選び出し、その中から論文化された32件を調査対象にしている。そしてその1つがKikuchiらによる論文であり、その著者の所属は日清製粉と農研機構と大妻女子大である。また論文には5つのCROの1つであるCPCC㈱に実験計画と分析の援助を受けたことが記載されている。
 この記述の通りCROが行ったのが実験計画と分析の援助だけであり、試験を実施していないのであれば、京大論文がKikuchiらによる論文を調査対象にしたことは間違いになる。これはバイアスをテーマにする論文にバイアスがあると批判されかねない状況である。

 他方、UMIN登録を見ると、試験実施者の所属はCPCC㈱であり、共同実施組織は大妻女子大学になっている。これを見ると、京大論文がこの試験を調査対象にしたことは間違っていないことになる。論文とUMIN登録、どちらが正しいのだろうか。
 科学の世界では、論文執筆者が試験を計画立案し、実施したと考えるのが常識である。そうであればCROは実験計画と分析の援助をしただけということになるのだが、そうするとCROがUMIN登録を行った理由が理解できない。逆にCROが試験を実施したにもかかわらず、その事実を論文に記載していないのであればKikuchiらによる論文にはスピン以上の重大な問題があることになる。
 京大論文はUMIN登録と論文の両方を調査しているので、当然のことながらこの重大な問題に気付いているはずである。にもかかわらずこの事実を論文に記載していないことは、論文の読者に筆者と同じ疑問を持たせる可能性が大きく、非常に残念である。

「安全性に関わる問題」と「スピン」は別モノ

 最後に、週刊文春の記事についての感想を述べる。
 記事のタイトルは「京大論文で分かった危ういサプリ実名リスト」で、京大論文で「スピン」があると評価された論文を機能性表示食品の届出資料として使用している7つの企業の見解を求めたものだ。各企業の回答はほとんどが「問題はない」などだが、1つの企業は「見解の相違」と述べている。すべての論文は検証が必要であり、京大論文の評価が正しいのかは今後の検証が必要である。

 また多くの論文が1つの科学雑誌に集中していた問題については、この雑誌の査読体制と編集委員会に問題があるという専門家の指摘に真摯に対応すべきである。
 
 筆者が最も気になったことは、週刊文春が記事の最後に次のように記述していることだ。
 「折しも、小林製薬の紅麹サプリ事件を受け、政府は9月1日から機能性表示食品の届け出企業に対し、健康被害情報の収集・報告の義務化を実施した。様々な効能を掲げるサプリは、誰もが口にする可能性があるものだ。ことによっては健康被害に直結しかねないだけに、私たち自身の賢明な判断が求められる」

 京大論文で問題にしているのはすべて「効果」に関する論文であり、安全とは無関係である。それを「健康被害」と直結するような記述を行ったことは、もしこれが論文であれば「選択的結果報告」あるいは「スピン」の範囲を超えた「ねつ造」という最悪の科学の不正と判断される。これは週刊誌だから許されることだろうか。

(了)

<唐木 英明 氏プロフィール>
農学博士、獣医師。1964年東京大学農学部獣医学科卒業。テキサス大学ダラス医学研究所研究員を経て、87年に東京大学教授、同大学アイソトープ総合センター長を併任、2003年に名誉教授。日本薬理学会理事、日本学術会議副会長、(公財)食の安全・安心財団理事長などを歴任。現在は食の信頼向上をめざす会代表。専門は薬理学、毒性学、食品安全、リスクコミュニケーション。
これまでに瑞宝章(中綬章)、日本農学賞、読売農学賞、消費者庁消費者支援功労者表彰、食料産業特別貢献大賞など数々の賞を受賞。

<著 書>
「暮らしの中の死に至る毒物・毒虫」講談社2000、「食品の安全・危険を考える」食生活 2003.7-8、「全頭検査で「安心」というBSEの誤解」週間エコノミスト2004.6.8、「「全頭検査」でBSEは防げない」Voice2004.8、「食の安全と安心を守る」学術会議叢書2005、「食品安全ハンドブック」丸善2009、「牛肉安全宣言」PHP出版2010、「食品の放射能汚染とリスク・コミュニケーション」医学のあゆみ2012.3、「福島第一原子力発電所事故の農業・畜産に及ぼす影響を考える」遺伝66(1)2012、「機能性表示食品-経緯と問題点-」食品と開発50(12)2015、「検証BSE問題の真実」さきたま出版会2018、「鉄鋼と電子の塔(共著)」森北出版2020、「健康食品入門」日本食糧新聞社2023、「フェイクを見抜く(共著)」ウェッジ2024他多数

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    :学術論文の掲載誌、消費者庁にも質問 染小論文が指摘したスピンについて
    :紅麹サプリ事件の死角に迫る 昨夜放送、NHKスペシャル
    :対象論文32報中18報が『薬理と治療』 その原因は? 消費者庁の対応は?
    :「危ういサプリ実名リスト」を読む(前)

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