神代から令和まで健康食品のルーツを探る~歴史から見えてくる課題は何か?(26)
東京大学名誉教授。(公財)食の安全・安心財団理事長。唐木英明
<プラセボと鎮痛剤が同じ効果?>
健康食品の効果はランダム化比較試験(RCT)、すなわちプラセボと試験物質の効果を比較し、その差を薬理作用と判定する方法である。多くの試験結果を見た経験から、薬理作用が大きい健康食品は存在しない。俗に言われる「効果があるものは薬になっている」という言葉は正しいというのが多くの専門家の意見だ。
しかし、RCTの結果をよく見ると、全く違った風景が見えてくる。一部の健康食品の薬理作用が小さいのは、プラセボだけで大きな効果が表われるため、引き算をすると健康食品の薬理作用は小さくなるからだ。
例えば、ひざの痛みを持つ被験者に健康食品、鎮痛剤、あるいはプラセボを2年間投与した結果、どの群でもひざの痛みは改善し、統計的な差はなかったというRCTがある。引き算をすると鎮痛剤でさえ薬理作用がないという結論に見えるが、そうではない。プラセボが鎮痛剤とほぼ同じ最大の効果を示したということである。痛み・不眠・不安・うつなど、精神的要素が大きい症状にプラセボが有効であることは多くの試験結果が示している。
<「プラセボは許さない」(行政・専門家)>
そこで考えなくてはいけないことは、健康食品の利用者は「とてもよく効いた」と感じているからこそ、その使用を継続しているという事実だ。利用者が効果を実感しなければ、健康食品市場はあっという間に消えてしまうだろう。利用者が求めるのは「効き目」であり、その原因がプラセボであろうと、薬理作用であろうと、そんな区別は問題ではないのだ。実際に、医薬品も健康食品もその効果は薬理作用とプラセボの総和であり、その境界を厳密に決めることは難しい。
他方、専門家や行政にとって、プラセボ効果はひどく厄介な存在だ。物質的な裏付けはなく、利用者が「効く」と信じれば実際に効いてしまう。そんなものを公認したら、ただの水でも「効果がある」と言って売り出すことができる。そんなことが許されるはずがないというのが専門家と行政の立場だ。
<プラセボ効果は薬理効果に付随した機能>
健康食品を飲んだときの使用実感を素直に「健康食品の効果」と認めることは、誰が考えても当たり前なのだが、多くの専門家は「そんなものはプラセボ効果だ」と半分馬鹿にしている。
プラセボ効果は健康食品を摂取すれば必ず出現するわけではない。表示、広告、ネットの評判などで「効果があるはず」と判断し、期待することで生まれる。すると、問題になるのは、表示や広告に虚偽がないかという点である。この点をクリアする条件が薬理効果の存在であり、それさえあれば、有効性を表示することができる。
プラセボ効果を薬理作用とは独立の存在と考えるのではなく、薬理作用に付随した存在として考え、これを有効に使うことで健康食品の有効な利用を図ることができると考える。
(了)
<プロフィール>
1964年東京大学農学部獣医学科卒。農学博士、獣医師。東京大学農学部助手、同助教授、テキサス大学ダラス医学研究所研究員などを経て東京大学農学部教授、東京大学アイソトープ総合センターセンター長などを歴任。2008〜11年日本学術会議副会長。11〜13年倉敷芸術科学大学学長。専門は薬理学、毒性学、食品安全、リスクコミュニケーション。