神代から令和まで健康食品のルーツを探る~歴史から見えてくる課題は何か?(25)
東京大学名誉教授。(公財)食の安全・安心財団理事長。唐木英明
<『えんきん』の根拠論文に?>
機能性表示食品として最初に届けられたいくつかの製品の効能と安全性について、消費者団体などから批判があったことは述べたが、その1つが『えんきん』の根拠論文である。
機能性表示食品の臨床試験はランダム化比較試験(RCT)であることが求められている。これは被験者をプラセボ群と試験群に分けて、試験物質の効果がプラセボより統計的な有意差を持って大きいことを証明する試験である。
比較の方法は、試験開始前の2群の測定値に差がないことを確認するところから始まる。その後、各群にプラセボ、あるいは試験物質を投与して一定時間後に両群の値を測定し、有意差の有無を統計学的に検定する。そこで有意差があれば、試験物質の有効性が証明されたと主張できる。
<測定値を根拠なく変換した?>
「えんきん」の根拠論文が問題になったのは、このような標準的な方法では有意差がなかったからだ。通常は、この時点で試験は終了するのだが、この論文はプラセボ群の変化量と試験群の変化量を計算して、この2つの値の統計的有意差があることを示して、「有効である」と主張したのである。標準的な方法である測定値の比較で有意差がないことと、これを試験前後の変化量に変換した値を使って得られた有意差と、どちらを採用すべきなのだろうか。統計学的にはその答えは明らかである。
統計学には、「測定値を科学的な根拠なしに改変してはいけない」という原則がある。例えば、薬物の血中濃度は指数関数的に減少するので、測定値を対数変換した方が正しい濃度変化を表わすことができる。
しかし、問題の論文では測定値での検定結果を採用せず、変化量での検定結果を採用した理由は何も書いていない。ということは、測定値では統計的有意差が得られなかったので、測定値を恣意的に変化量に変換して統計的有意差を出すという不適切な方法を使っていることになる。このような例は、ほかの機能性表示食品の根拠論文にも見られる。ASCON科学者委員会は、これについて概略次のようにコメントしている。
<ICHガイドライン&厚労省通知を順守すべき>
有効性評価に「変化量の群間差」を用いることについて、当委員会はこれを一概に否定するものではなく、あくまでRCTの原則の順守状況を評価している。まず「変化量の群間差」だけでは判定できない2群の母集団の同一性の証明が必要である。次に、測定値を変化量に変換することが恣意的なデータの改変に当たらないことの根拠の提示が必要である。これは測定値には群間有意差がないにもかかわらず、変化量に群間有意差があったことをもって「有意差あり」と主張し、その科学的・論理的根拠を示さない不適切な例が散見されるためである。
さまざまな事情で「変化量の群間差」を用いる場合には、実験計画の時点で、その科学的必然性を宣言しておく必要がある。これらはICH(医薬品規制調和国際会議)ガイドラインおよび厚労省課長通知に基づく見解である。
(つづく)
<プロフィール>
1964年東京大学農学部獣医学科卒。農学博士、獣医師。東京大学農学部助手、同助教授、テキサス大学ダラス医学研究所研究員などを経て東京大学農学部教授、東京大学アイソトープ総合センターセンター長などを歴任。2008〜11年日本学術会議副会長。11〜13年倉敷芸術科学大学学長。専門は薬理学、毒性学、食品安全、リスクコミュニケーション。