寄稿④「食の安全を振り返る」 改めてHACCPの重要性を考える
(一社)日本食品安全協会代表理事 長村 洋一 氏
アニキサス、ノロウイルスに起因する食中毒事件が多発
厚生労働省の2023年11月28日時点の食中毒情報を基に、HACCP完全義務化から1年以上経過しての食中毒事件を振り返り感じることを述べる。
23年の食中毒原因で最も多かったのはアニサキスで、全国各地で280件発生が報告された。アニサキスの食中毒に関しては、件数的にはここ数年トップを続けていることから、食品安全委員会、厚生労働省も何度か注意を呼びかけており、それに応えて多くの自治体からも注意情報が出されているが、相変わらず発生している。
この寄生虫は、食材をよく気を付けて見ると比較的簡単に見つけることができるため、鮮魚を取り扱う人の注意がまず求められる。23年の場合、家庭でも40件報告されているため、釣ってきた魚や丸ごと買ってきた魚を家庭で調理する場合は注意を要する。この食中毒を避けるためには、厚生労働省のホームページに業者、家庭での調理に対して分かり易いリーフレットが出ている。参照されることをお勧めする。
次に多かったのがノロウイルスで、102件である。この食中毒はアニサキスの場合とは異なり、飲食店、仕出し屋などの食品提供者が引き起こしているケースが圧倒的に多い。そして多くの場合が、その調理過程に関わった人に起因している。このウイルスは、通常のアルコール消毒に耐え、85℃・1分以上の加熱で初めて不活化し、10個位でも発症する性質があり、ちょっとした不注意で新鮮食材でも感染してしまう危険性がある。さらに、無症状の保菌者が調理に携わり発生するといった事例があり、大変やっかいである。
そのため、福岡市の弁当屋が2月に起こした事件では、配送先の佐賀県にまで被害が及び、総数477人の患者が発生している。23年11月末時点で、一度に20人以上の患者を出した事件は80件あり、冬に多く発生するためさらに増加が予測される。
細菌による食中毒も発生
細菌による食中毒のトップはここ数年カンピロバクター・ジュジュニ/コリで117件発生している。これは生の鶏肉から感染するケースが多いが、後遺症としてギラン・バレー症候群を発症する人がいるため注意を要する食中毒である。あとはサルモネラ菌(15件)、ブドウ球菌(13件)、ウエルシュ菌(12件)、腸管出血性大腸菌(9件)などであるが、大きな事件として記憶に残るのは、青森県の老舗駅弁屋が発生させた事件である。
八戸市保健所の報告によれば、原因菌は黄色ブドウ球菌(エンテロトキシンA型)及びセレウス菌(エンテロトキシン産生)とされ、駅弁として全国に販売された経由から、患者数は500人を超え、どのメディアも大きなニュースとして取り上げた。
HACCP完全義務化の中で何故
以上のように、23年の食中毒の発生状況は、コロナ以前の発生状況とあまり変わらない印象が強い。HACCPはご存知のように、NASAで「絶対に食中毒を発生させないための品質管理法」としてつくられた方法である。それにも関わらず発生するのは、HACCPそのものは食中毒の防止の方法論として間違っていないが、実行していないからである。
奇しくも、八戸市の駅弁屋が記者会見の席で、「不適切な温度管理の中、時間の経過に伴って菌が増殖するリスクを十分理解していなかった。過去の実績に基づいて、リスクを理解しないまま売り上げを重視した。自分に慢心と油断があったと反省している」と述べているが、ハザード分析(HA)が不足し危機管理が行き届いていなかった証である。
かつて雪印乳業が起こした大規模な食中毒事件も、HACCP施行工場で発生した事件であったが、この場合も、やはり危機管理に甘さがあったことが明らかになっている。HACCPは、完全に守ればほぼ食中毒は発生しないと考えられる。食品製造をする人の、徹底したハザード分析と危機管理をお願いしたい。
<プロフィール>
現職は、(一社)日本食品安全協会代表理事、藤田保健衛生大学(現・藤田医科大学)名誉教授、
鈴鹿医療科学大学客員教授、(一社)日本GMP支援センター副理事長。
1966年に岐阜薬科大学製造薬学科卒業(薬剤師免許)。同年~71年、同大学大学院薬学研究科の修士、博士課程を終了(薬学博士)。71年~2005年、名古屋保健衛生大学(現・藤田医科大学)に勤務。05年から藤田医科大学名誉教授に。08年4月、鈴鹿医療科学大学保健衛生学部・医療栄養学科教授に就任。14年~21年、同大学副学長を務める。
主な研究分野は、食のバランスの本質に関する研究、疲労や睡眠とトリプトファン代謝に関する研究、抗酸化食品の有効性と安全性に関する研究。