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プレイバック~アガリクス・ショック あれから約20年、紅麹サプリ事件に改めて学ぶもの

 「紅麹サプリメント」事件が世間を騒がせている今、改めて“あの時”を思い起こさせる。2006年2月、それは起きた。

 その前年(05年)の10月7日、警視庁は健康食品の体験談を捏造した「バイブル本」の出版社と健康食品会社の役員らを逮捕。書籍を監修した大学の名誉教授、フリーライターを薬事法(当時)違反の容疑で書類送検した。

 商品を使ったがん患者らの「ガンが消えた」などという体験談は全て、健康食品会社の社長の指示を受けるなどし、フリーライターの男がねつ造したもので、大学の名誉教授は事前の打ち合わせにも参加し内容に目を通していた。本のタイトルは『即効性アガリクスで末期ガン消滅!』など2冊。

 それまでは免疫系素材として豊富なバックデータを持ち、消費者の認知度も非常に高い「アガリクス・ブラゼイ・ムリル(アガリクス.b)」ということで、健康食品業界のスター的存在だった。百貨店の健康食品売場でも常に売上をけん引し、重々しい化粧箱がその店頭を飾っていた。もちろん価格の方も、5桁に達する商品もある優等生である。

 ところが、バイブル本の騒動後、業界が市場の健全性に向けた取り組みに力を注いでいた矢先のことだった。
 06年2月、厚生労働省が国立医薬品食品衛生研究所で行っている3製品の毒性試験の中間報告を受け、食品安全委員会に食品健康影響評価を依頼した。厚労省の発表を受けたマスコミは、「アガリクスの1商品に発がんを促進する作用がある」と発表。それを受けて蜂の巣を突いたような報道合戦となり、それまで350億円ともいわれた市場規模は一気に100億円を切るところまで急落した。

 当時の厚労省の動きについては、同省のホームページ「食品の安全に関するQ&A」に詳しい。

 試験の対象とされた3製品の1つはキリンウェルフーズ㈱(現・ヤクルトヘルスフーズ㈱)が販売する『キリン細胞壁破砕アガリクス顆粒』だ。安全性評価のターゲットにされた理由は、「広域流通していた」、「一定期間継続的に市場に流通していた」ため。さらに他2製品との製造方法が異なるものとして白羽の矢が立った。

 厚労省は「ラット(ネズミの一種)を用いた動物の試験において、製品の摂取目安量の約5倍から10倍程度の量を与えたところ、多臓器イニシエーション処置を行った試験系において発がんを促進する作用が認められた」としながらも、ヒトに対して直ちに健康被害を引き起こすという結果ではないとした。

 その後も各社が市場再生の努力に努める中、一時は150億円程度にまで回復した市場だったが、新規素材の登場、機能性表示食品制度の施行などに伴い、今ではその市場規模も明らかではない。
 
 関係者の間で「アガリクス・ショック」と呼ばれるこの事件は、風評被害の最たるものとして、業界ではひそかに語り継がれている。紅麹サプリ事件の際にも、大きなトラウマとして当時を知る業界人の心にのしかかった。

 日経ビジネス2006年3月6日号には、当時のキリンウェルフーズ社長のインタビュー記事が掲載された。「敗軍の将、兵を語る」という意味深なタイトルで、業界健全化へ向け販売を自粛した同社のジレンマが切々と語られている。

 インタビューは、「まさに青天の霹靂でした」という言葉から始まる。厚労省からの突然の連絡が2月13日の月曜日、午前11時前。担当者ではなく、社長本人に電話があったことから「びっくりしたというのが正直な感想」と赤裸々な胸の内を明かしている。

 販売停止や回収要請の理由、法令違反の有無など、厚労省から直かに聞いた話に基づいているため、実に迫真性がある。

 社長は、「我々としては、法令違反を犯しているつもりはありませんし、これまでも厚労省が定めるガイドラインに沿って事業を行ってきました。だから、あくまでも自主的に協力しますという意味で、要請に応えたわけです」と述べている。関係者によれば社長は13日、会見して謝罪し、すべてのアガリクス製品の販売中止と回収を表明したとされている。

 ガイドラインを主とした通知行政と事業者の行き違いがここにも垣間見られる。今回の紅麹サプリ事件や多くの健康食品を巡る表示事件でもたびたび論じられてきたところである。

 厚労省による調査は、肝障害を疑う事例が学術誌に複数掲載されたことが理由とし、毒性試験でその有無を調べることから始まった。
 そして厚労省の「中期多臓器発がん性試験の結果、発がん性プロモーション作用が認められた」という発表に対し、マスコミ報道は「アガリクスに発がん作用がある」というニュアンスで報道。消費者に大きな誤認を招き、市場に大きな混乱をもたらしたとされている。

 「100%安全な食品なんてこの世に存在しない」と開き直った社長は、インタビューの後段でこう振り返る。

 「詳細に調べた結果、数年後にうちのアガリクス製品は人間に害を与えないという結論が出るかもしれません。今回の厚労省の発表によってそれまでの期間の販売機会がなくなってしまうのは紛れもない事実です。だからといってそれを行政の責任にするのは少し違和感があります。例えば、我々が行政に対して損害賠償を起こしたからといって、それがお客様の利益だとか商品の安全性向上に結びつくとは思えないからです。そんなところに労力と時間をかけるぐらいなら、その力をお客様のために使った方がよいはずです。それこそが、キリンビールの考え方だと思うのです」と大手企業としてのプライドを示しながら語を継いだ。

 「今回、たまたまうちの商品が販売自粛という憂き目にぶち当たりましたが、それに対応できるだけの会社であった。そう考えれば、一連の騒動もそれはそれでよかったと思うところはあるのです。だから、行政の理不尽なやり方を嘆くのではなく、今回の騒動も業界全体を良い方向に持っていくためのきっかけにしたい」負け惜しみの裏には行政に対する恨みがにじんでいる。

 そして、中国のヤセ薬による健康被害事故に言及。
 「それ以降、薬事法違反が放置されないように厚労省も監視の目を光らせています。にもかかわらず、根拠の薄い健康食品がいまだに市場に氾濫しています。消費者の方々には『そういう商品には手を出さないで』とお伝えしたいし、業界の人間には『襟を正して商売しろ』と言いたいですね」と結んでいる。

 諮問を受けた食品安全委員会では、2006年2月~09年4月までの3年余りにわたる審議を行い、以下のとおりの報告を行っている。

 「審議の結果、厚生労働省から提出された資料では、データが不足していることから、食品衛生法第7 条第2 項の規定に基づき、本食品を食品として販売することを禁止することについて、食品健康影響評価を行うことは困難であるとの結論に至った。しかしながら、厚生労働省から提出された資料において、がんの治療を受けている患者がアガリクスを含む製品を摂取して肝障害が発生した可能性を示唆する事例が確認され、また、本食品には発がんを促進する作用が示唆されるなど、本食品について、人の健康を損なうおそれがない旨の確証は得られていないことから、厚生労働省においては引き続き、食品衛生上の危害の発生を防止するために必要な情報を収集すべきである」

 さて、あれから約20年が経った。
 行政処分を受けた小林製薬の場合と、要請によって自主回収に追い込まれたキリンウェルフーズでは明らかに異なるケースではある。しかし業界を支配するさまざまなルールと空気感には通じるものがある。紅麹サプリ事件に対し、新たな法律を作るのではなく、食品衛生法の施行規則や食品表示基準をいじることで急場を乗り切ろうとする行政のやり方が果たしていいのか? 通知行政を脱却するとまではいかない今回の法制化がこの先、業界に禍根を残さなければいいがと思う。
 事件の渦中にある健康食品業界は、アガリクス・ショックから何を学び、今回、何を学び直したのか。行政もしかりである。関係者は今、「社会は何を必要としているのか?」改めて問い直す好機にあるのではないか。

【田代 宏】

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