ゲノム編集トマトは「健康食品」として世にデビュー
食生活ジャーナリストの会 代表幹事 小島 正美
<健康食品『常備トマト』見参>
ゲノム編集技術で生まれた日本発のハイギャバ(GABA)トマトがどのような形で世に出てくるか注目されていたが、なんと常備薬ならぬ『常備トマト』という名の健康食品で登場することになった。同トマトを開発・販売する筑波大学発ベンチャー企業「サナテックシード」(東京都)は消費者に健康を届ける「健康創造企業」として市場に参入するという予想外の展開になりそうだ。
ハイギャバトマト(品種名シシリアンルージュハイギャバ)は、高めの人の血圧をサポートしたり、眠りやすくする効果をもつガンマ-アミノ酪酸(GABA)を豊富に含むトマト。ノーベル化学賞(2020年)の受賞対象になったクリスパーキャス9という最新のゲノム編集技術を活用し、江面浩・筑波大学教授らが開発した。GABAは、通常のトマトより4~5倍も多い。すでに2020年12月に厚生労働省に届け出がなされ、あとはどのような形で世の中に登場するかが注目されていた。
<販売形態はピューレ・粉末など>
竹下達夫・同社代表取締役会長は4月25日に行われた「ゲノム編集食品のリスコミのあり方」と題したセミナー(NPO法人「食の安全と安心を科学する会」主催)で講演し、「常備トマトとして保存のきくピューレや粉末、ジュースといった健康食品の形で消費者に直接、届けていく。栽培農家はすべて契約栽培とし、相場よりも高い価格で買い取る。しかも安定して収穫できるようにきめ細かい栽培管理技術も提供していく」と述べ、契約栽培を通じて加工品を消費者へ直接届ける経営戦略を熱く語った。
ゲノム編集トマトの扱いをめぐっては、当初、スーパーが店頭に置いてくれるかどうかが不安材料になっていた。この点について竹下会長は、「スーパーなど流通事業者を説得して扱ってもらうのは相当に骨が折れる。それよりも、このトマトの良さを分かってくれる消費者に直接届けるほうがスムーズにいく。トレーサビリティー(生産流通履歴)もはっきりしている」と健康食品としての価値を消費者に訴求する戦略を述べた。
では、どういう形の健康食品の販売になるのか。竹下会長の話では、日本国内には高血圧に悩む人が約4,300万人いる。血圧を下げる薬を服用している人だけでも約1,000万人いる。また、国民の約2割が快眠できずに悩んでいる。そういう健康問題を解決する一助として、「小さな容器に入ったトマトピューレ(もしくは粉末)を家庭の冷蔵庫に置いてもらい、常備トマトとして毎日、食べてもらう」方式を考えているという。
多くの人が毎日、健康に良いとされる乳酸菌飲料を飲んでいるようなイメージになるという。すでにサナテックシードはホームページに「ピューレ予約のご案内 いつでも冷蔵庫に常備トマト」との案内(写真参照)を載せている。詳細はこれからだが、1袋150~200円で30袋のセットで販売する案内も示している。
<機能性表示食品として届出も>
さらに、竹下会長は「科学的根拠を基に一定の健康効果が表示できる消費者庁所管の機能性表示食品も目指す。できれば種子で取得できないかと考えている」と述べ、ゲノム編集トマトの種子で機能性表示食品を取得する斬新な考えを示した。消費者に関心の高い表示については、「ゲノム編集で作られたことを表すロゴを製品に付ける。ゲノム編集という事実を隠すのではなく、むしろゲノム編集だからこそGABAが4~5倍も多いということを訴えていきたい」と語った。
サナテックシードは昨年12月から無料栽培モニターを募っていた。人気は予想以上に高く、5,000人を超えたところで打ち切った。5月中旬から苗の配布を始める。アプリLINE(ライン)を通じて、きめ細かな栽培指導も行うという。今後、5,000人が家庭菜園でゲノム編集トマトを栽培し、収穫したトマトを食べる様子がSNSを通じて広まれば、今冬から予定されているトマトピューレなどの販売に追い風となる。5,000人のモニター栽培がどのようなインパクトを与えるか、目が離せなくなりそうだ。
(冒頭の写真:小島正美氏、文中の写真:(上)健康食品として売られるシシリアンルージュハイギャバ/サナテックシード提供、(下)トマトの予約案内を載せたサナテックシードのホームページ)
<筆者プロフィール>
1951年愛知県犬山市生まれ。愛知県立大学卒業後に毎日新聞社入社。松本支局を経て1987年から東京本社生活報道部で食の安全や健康・医療問題などを担当。2018年6月に退社。
現在は東京理科大学非常勤講師。食生活ジャーナリストの会代表。著書に「メディア・バイアスの正体を明かす」(エネルギーフォーラム)など多数。