【特集】「薬機法」改正までの背景(後)
島根大学医学部附属病院臨床研究センター教授 大野 智 氏
健食行政のアメとムチ
ただ、当時、「薬事法違反でも罰金は最大で300万円。結局、それ以上に儲けていれば会社としては利益が出ている。そして、同じ人物が看板だけ替えて新しい会社を立ち上げれば、同様のことが繰り返されるだけ」と人伝に聞き、耳を疑った。
このことが厚生労働省や消費者庁の耳にも入っていたのかどうかは分からないが、2016(平成28)年には改正景品表示法のもと、優良誤認表示・有利誤認表示に対して売上額の3%が課徴金として賦課されることとなった。
18(平成30)年には、機能性表示食品でもあった 「葛の花由来イソフラボン」を関与成分とする食品を販売していた企業9社に対して課徴金納付命令が出されるなど、制度の信頼性を揺るがすようなことも起きた。
さらに、このような規制強化の流れの中、今回のテーマである薬機法の改正においても、もともとの議論は医薬品(ディオバン)の研究不正に端を発していたものが、付随する形で健康食品(薬機法では未承認医薬品)についても販売・授与等の禁止への違反行為に対する抑制措置として課徴金制度の対象となるに至っている。
では、健康食品を取り巻く環境は、規制強化だけが進められてきたのであろうか。
日本では、食品機能論に基づき世界に先駆け、1991(平成3)年に「特定保健用食品」制度が導入されている。その後、2001(平成13)年には「栄養機能食品」制度、15(平成27)年には「機能性表示食品」制度がそれぞれ開始された。
特に機能性表示食品制度は、健康食品業界に多い中小企業・小規模事業者にとって、食品への機能性表示のチャンスを広げるものとして、当時の安倍内閣が推進してきたものである。つまり、健康増進法・景品表示法・薬機法の網の目をくぐるような広告や販売手法を編みだすといった、いわば小手先のテクニックを駆使する必要なく、正々堂々と自社製品の機能性を表示し販売することができる道が開けたのである。事実、特定保健用食品では見ることのなかった多種多様な機能性を表示した商品が数多く販売されている(21.8.23時点の届出件数:4349件)。さらに、最近では、表示することは困難とされていた免疫機能についても届出が受理されている商品が現れてきている。
ただ、一部の特定保健用食品を除き、保健機能食品(特定保健用食品・栄養機能食品・機能性表示食品)は健康な人あるいは境界域の人が対象であり、病気の人を対象とした表示ができないといった企業担当者の悩みの声を聞くことがある。個別の相談を受けた際、筆者は特別用途食品制度の病者用食品(個別評価型)について紹介するのだが、その後、具体的な話が進んだケースは残念ながらない。もし本気で病者に対する健康食品の開発及び製造・販売を目指す企業があれば、是非ともチャレンジしてもらいたい。
3つのトラブルに備えよ
ここまで、薬機法改正にちなんで、健康食品の表示や広告に関する国の取り組みの言わば“アメとムチ”について概説してきた。ここで、薬機法改正とは直接関係しないが健康食品の信頼性を毀損するようなトラブル、裏を返せば信頼性を担保するためのポイントについて触れたい。
国民生活センターのPIO-NETや消費者庁の事故情報データバンクシステムにて、「健康食品」のトラブルを検索すると健康被害・経済被害が数多くヒットする。“健康食品で健康被害”、これでは本末転倒である。もちろん、未知のアレルギーなど健康被害をゼロにすることはできないかもしれないが、人の口に入るものを製造・販売する企業としての自覚を持ち、安全性については万全の対策を講じてほしい。また、万が一、健康被害が発生したときには真摯な対応を是非とも心がけてほしい。そして、健康被害以上に消費者を悩ませているのが、契約・請求・解約の際のトラブル、いわば経済被害である。マーケティングの名のもと、企業の利益優先で消費者を騙すようなことは決してあってはならない。また、「がんが消える」などと謳い健康食品を販売することは、患者が適切なタイミングで通常医療を受ける機会の損失につながり、間接的に命にも係る行為であると知っておいてほしい。このような行き過ぎが繰り返されれば、法のもと、国からの“鞭”が再び振り下ろされることを覚悟しなければならないであろう。繰り返しになるが、「健康被害」「経済被害」「機会損失」のトラブルをなくすことが、健康食品の信頼確保において重要であることを胸に刻んでほしい。
壁は乗り越えるもの
最後に、健康食品業界への期待・希望を述べたい。個人の感覚的な話になってしまうが、医療現場における健康食品の位置づけや評価は、筆者が関わり始めた2000年頃は「怪しい」の一言で片付けられ無視されていた。筆者自身までもが、健康食品に関わっているというだけで同僚の医師から怪しい目で見られていたことは忘れられない。それから20年が経ち、徐々にではあるが、医療者の健康食品に対する認識も変わりつつあり、有用なものであれば医療現場で活用される場面も散見されてきている。このような変化は、健康食品の研究開発を真摯に取り組んできた企業による努力の賜物だと言えよう。しかし、これは裏を返せば、健康食品が科学的・医学的に厳しい視線にさらされることを意味する。これまで努力を重ねてきた企業は手綱を緩めることなく努力を続け、新規参入する企業はさまざまな規制という壁をすり抜けることを考えるのではなく、壁は乗り越えるものだと自覚し取り組んでほしい。
(了)