1. HOME
  2. 会員専用記事閲覧
  3. 小林「紅麹」培養をHACCPする 【寄稿】社内で丁寧に実施すれば「食の安全」は高まる

小林「紅麹」培養をHACCPする 【寄稿】社内で丁寧に実施すれば「食の安全」は高まる

北海道大学名誉教授 ㈲ミクロバイオテック 代表 浅野 行蔵 

小林製薬「紅麹サプリ」による健康被害の広がりを受けて機能性表示食品制度の見直しが進められている。改正法案を巡り、消費者委員会では政府の諮問を受けて、今月まで切迫した意見のやり取りが行われていた。ある委員はHACCPの実施によって事故は防ぐことができるかのような発言をした。しかし、HACCPを用いて具体的に何を行うかについては発言がない。「この事故は、形式的な制度の導入では再発を防ぐことはできない」という北海道大学名誉教授の浅野行蔵氏(=写真)。同教授は、消費者委で開かれた会議について、「キレイ好きなら事故を起こさない」レベルに下がっている議論に警鐘を鳴らす

「HA」が安全の分かれ道

 HACCPで今回の健康被害が防止できるのか?
 質問を受けるとその答えは、YesでもありNoでもある。なぜなら、HACCPの基本を思い出してみよう。HACCPの原則1は、Hazard Analysis(HA;危害要因分析)部分の問題。HAを具体的に十分深められておれば、Yesとなる。他方、HAが形式だけで具体的な深掘りできなければNoとなる。HAが不十分だと、健康被害を防ぐのに必要な対策が漏れてしまい、Hazardの制御が不十分となる。
 HAができていない人は、「想定外の予期せぬ事故」と言う。HAができている人は、「想定内」で、事前の制御対策が取られている。HAが具体的にできているか、できていないかで、明暗が分かれる。HAには、ここまでで良いというゴールはないので、ひたすら具体的なHazardを見つけてゆくことになる。

紅麹はカレーライスとは違う

 HACCPは、「HA(危害分析)をしましょう」とか、「CCP(Critical Control Point;重要管理点)を決めましょう」とか、実施すべきことの項目は書かれているが、何をやれとは具体的なことは決められていない。その理由は、食品には色々あり、実に多様で、食材も多彩だし、調理方法も多彩だから、画一的に決められるものではないからである。
 事故を起こした紅麹サプリメントの場合も、他の食品と比べられないくらい異なっている。カレーライスを作る際のHACCPと全く異なるとは、簡単な想像で理解できる。
 どんな材料をどのように処理、加工して、どのような商品にするのか、それぞれの何段階もの工程を具体的に吟味していかない限り、安全を担保することは困難なのだ。
 この商品のHACCPは、カレーライスより相当難しい。そもそも、「紅麹を培養する」を想像できる人はごくわずかだろう。未知の食材といってもいい。このことは、保健所が査察に入っても、正しく加工工程を理解できない可能性もある、ということである。では、この食品のHAを始めてみよう。

立ちはだかる8つの危害要因

 紅麹(Monascus属糸状菌)を培養する。そもそも元になっている種麹(たねこうじ)は、どこから手に入れて、どのように保存しているのか? 本株は、他の微生物が混ざっていない純粋な株なのか? 保存はどのようにしているのか? 保存や植え継ぎの間に雑菌汚染はないのか? ファージに汚染されないか? 遺伝的変異は起こっていないのか? それらが正常かを確かめる装置や技術はあるのか? このように、培養する前からHAと「?」が8つも危害要因として上げられる。

 これらの危害要因を危害へと発展させない技術はとても高度なものとなっている。
 小林製薬の発表では、【Monascus pilosus NITE BP-412株を接種し、温度30℃、初期水分率42%で固体培養を開始した。培養温度は初期4日間を30℃、4日目以降を22℃として計43日間培養】と記載されている。この情報から判明したことは・・・

(⇒つづきは会員専用記事閲覧ページへ)

 この情報から判明したことは、使用菌株は「NITE(独立行政法人 製品評価技術基盤機構)」から購入しており、由緒正しい菌株といえる。NITEは、世界的に認められた遺伝資源保存研究機関で特許微生物寄託も行っており、小林製薬の使用菌株もBP番号が付けられていることから特許微生物である事が分かる。心配事としては、年に1度くらいは元株に戻って、常に元株から遺伝的変化のない株を生産に使っているかどうかが気になる。特許菌株であることからも特許を調べた。

 「麹菌を生育させる」という行為を想定できる人は、それなりにいる。よく知られているのが、清酒や味噌の発酵に用いる米麹の生育は、見学した人も多いだろう。清酒麹(アスペルギルス属の麹菌)の場合は、蒸したコメに空気を通して温度を下げて、麹カビの青い粉(胞子、分生子)をふりかけてカビを植え付ける。そして、約35℃、湿度95%程度のカビが喜ぶ蒸し蒸しした条件にして培養し、1日半(約36時間)で培養を終わり、酒母としてタンクに仕込む。
 米麹の状況は、麹カビが米のほぼ全面に菌糸を伸ばし、菌糸はコメの中へも入り始めている。雑菌汚染の状況は、蒸した米なので耐熱胞子を持たない微生物は、蒸す段階で殺菌されているが、納豆菌などの耐熱胞子を作る微生物は生き残っており、麹の汚染菌としては有名である。

 麹室(こうじむろ)あるいは製麹機という囲われた場所での培養だが、カビの生育には酸素が必要で、積極的な通気が行われる。空気中に浮遊しているカビの胞子は、製麹中にも入ってくるが、清酒麹の初期量が多く、培養時間36時間なので汚染菌が目立つまでには至らないが、汚染は進む。清酒製造では、出来上がった米麹は、タンクに入れられ、乳酸と水、蒸米そして酵母も入れられる。この状況で、汚染した納豆菌もカビも生育できなくなりアルコール発酵も進むので、程なく死んでゆく。昔ながらの酒作りには、安全の仕掛けがある。
 一方、紅麹の大きな特徴は、生育が遅いことである。2週間以上の培養期間が必要になる。前職(北海道大学)で学生実験において、種々の微生物を顕微鏡観察に供するのに、種々の微生物をあらかじめ培養しておくのだが、その際、最初に培養に入るのが紅麹であった。2週間以上前に培養に入らないと、学生実験の時間割に間に合わなくなる。最長の培養期間を当てていた。今回の事故の報道によれば、小林製薬では約50日の培養期間を当てていたという。微生物屋の私から見ると想像もつかない長い期間だ。しかも個体培養(酒の麹のように米などの個体にカビを繁殖させる方法で、タンクの中で液体培養するのではない)で、紅麹以外の微生物が汚染しない環境を作ることは不可能だ。前述のように清酒では、1日半という短い時間で、想定される汚染菌を仕込み段階での乳酸添加、酸素カット、によって、汚染しても最小で抑えて、安全性と品質を保つ製造法となっている。

紅麹製造法をHACCPで考える

 紅麹製造方法をHACCPで考えてみると、培養の工程で他の菌の汚染を防ぐことは極めてハードルが高い。麹室の完全殺菌もとても難易度が高く、ホルマリン処理が使われている。オゾンでは清浄化しきれない。一方、カビ類の生育には、酸素が不可欠で、おまけに蒸し蒸しする高湿度も要求される。麹室へ送られる空気の清浄化には、長い期間の無菌性を担保するには、エアーフィルターを何重にも配置した精密ろ過が必要だ。半導体の製造工場並の設備が必要となろう。

 清酒製造のように、たとえ雑菌汚染が起こっても、その影響を最小限に、あるいは無視レベルに抑えられる工程が用意されているのか? と疑問が出てくる。
 HAをやる時には、うんと心配性になってH(Hazard;危害要因)の可能性を徹底的にリストアップすることが必要だ。この時に漏れてしまった危害要因は、それに対する対策も取られることがないので、事故は発生してしまう。これらのことからも、HACCPでは、個々の食品における具体的なHAこそが最も重要だということが理解できる。
 ここまで述べてきて、小林製薬での紅麹の培養だけでも、心配事(危害)がとても多い製造法ということになる。

まだまだ絶えない心配事(HA)

 微生物屋の私としては、さらなる心配事(HA)がある。
 当該商品での有効成分は、モナコリンKとされている。紅麹菌の生育には直接役立たない代謝産物、いわゆる2次代謝産物だ。2次代謝産物の特徴として、類似化合物も同時に生産する例が多い。それら類似化合物には、健康被害をもたらす化合物がある可能性がある。
 医薬品の製造においては、発酵産物中の有効成分をまずは、精製し純品にした後、商品へと加工が進む。一方、機能性表示食品では、エタノールでの抽出の後は濃縮となって、目的物以外も合わせて濃縮して、商品化している。

「CCP」管理ができていなかった可能性も

 培養時の成分変化については、前出の小林製薬の発表では、【採取した生紅麹米からメタノール抽出でサンプル調製し、ODS系C18カラムを使ったLC-MS分析に供試しました。】とモニターしていると言っている。
 毎回の製造ごとに行われていたか? 分析結果の判定方法は? ここは、HACCPでのCCP(Critical Control Point;必須点管理)と言えるのか? 分析結果の判定方法にかかっている。今回事故が起こったのだからCCPとなっていなかった、といえる。
 使用株は、グンゼ㈱で菌株の改良を実施し、モナコリンKの生産性を2倍以上となった変異株をグンゼ㈱の特許(JP 5283363)としている。
 特許によると、生産量が0.2%に達する培養期間が従来17日であったものが10日に短縮された変異株を作ったという、また、10日以降、その後の培養した場合も実験結果の記載があって、10日0.2%、14日0.4%、17日0.6%と記載がある。8週間培養では2.5%にまで達した。それぞれの日取りで、親株の倍以上の生産性の向上を実現している。この結果から欲を出すと長い培養期間を選んでしまうのだが、ここにはトレードオフが潜んでいる。培養期間が延びるほど雑菌汚染の機会が累積的に増加するリスクである。
 グンゼ㈱では、【モナコリンK含量が0.2%の紅麹を製造するのに、親菌株を用いた場合は17日間を要するのに対し、本発明菌株を用いれば10日間で達成することができ、培養期間を約1週間短縮できることがわかった。】と記載している。
 小林製薬では、40日以上の培養期間をかけていたようだ。トレードオフの一方だけを選んで、積み重なる雑菌汚染を放置してしまったと言える。
 雑菌汚染の状況をモニターしていたのだろうか? カビや細菌など多数が混入していたことだろう。思い返してほしい、清酒麹は、1日半の培養時間で雑菌汚染のトレードオフを最小化している。加えて紅麹をアルコール抽出して得られた抽出液には、モナコリンKだけでなく種々の成分が検出され、モナコリンKも予期せぬ雑菌による代謝変換を受けていた可能性もある。

 長々と書いてきたが、「HACCPで食品製造を管理する」とは、HACCPの原則1のHazard Analysis、危害要因分析は、上記のように具体的に危害をリストアップしてそれによって具体的にどんな危害を発生させるかもリストアップする。それぞれを防ぐ方法はあるのか? リストの1つ1つを具体的に検討して解決策をリストに記載する。
 紅麹の培養の部分だけしか述べていないが、ここまででも多数の具体的Hazardを紹介した。製造工程はさらに続き、麹からの抽出、濃縮、精製(?)、他の成分と混合してカプセル化工程へと続く、それぞれの工程で起こり得るHazardを具体的にリストアップして、具体的に吟味する。

キレイ好きなら事故は起こさない?

 Hazard Analysis を進めながら、製造方法そのものの、製品設計の合理性についても考えながら、製造工程で安全確保に必要な管理ポイント(CCP)を絞り込めるようにする。管理ポイントでは具体的な測定方法を決める。
 食品は医薬品よりもはるかに低付加価値で、最小管理に近いHACCPの実施で安全を担保しようとするもので、正しく実施できれば強力な安全管理用法である。社内で丁寧に実施すれば「食の安全」は飛躍的に高めることができる。高付加価値の医薬品ならば、数年ごとの外部査察を行うGMPとなっているが、査察コストも社内の管理コストも膨大なものとなり、機能性表示食品へのGMPの義務化は、現在の多くの企業にとって受け入れがたい負担となると予想される。GMP(適正製造規範)の義務化を叫ぶ声も多いが、企業側のGMPへの対応を知ってのことよりも、行政的に「GMPを義務付ける」とか、「HACCPを徹底する」などと声高に叫ぶイメージが「きれい好きなら事故を起こさない」レベルのスローガンに下がっていないか気になるところだ。

(文中の写真:紅麹を培養していた小林製薬の大阪工場)

<プロフィール>
京都大学農学研究科修了
1976年 協和発酵工業株式会社
1992年 北海道立食品加工研究センター
1999年 北海道大学農学部、農学博士、技術士(生物工学/総合技術管理部門)
2016年 (有)ミクロバイオテック 代表
<研究・受賞歴など>
新属微生物(放線菌、腸内細菌)の発見(土壌から、腸内から、万年氷から)
高香生成酵母育種、酒造用乾燥酵母開発など微生物の産業利用
1998年日本醸友会技術賞
2002年日本醸造学会伊藤保平賞
2012年日本技術士会会長表彰
2017年日本放線菌学会功績賞

関連記事:HACCPを正しく理解しよう!(前)
    :HACCPを正しく理解しよう!(後)

TOPに戻る

LINK

掲載企業

LINK

掲載企業

LINK

掲載企業

LINK

掲載企業

INFORMATION

お知らせ