ゼロから始める機能性表示食品 それを支えるBHNのEBF事業、フルパッケージ受託案件を追う
ちょっと興味をそそる機能性表示食品の届出情報を消費者庁が先ごろ公開した。茹でて食べるダッタンそば(韃靼そば)の乾麺について、内臓脂肪を減らす旨を訴求するというのだ。しかも、その科学的根拠は最終製品を使った臨床試験。北海道紋別郡雄武(おうむ)町の農業生産法人が届け出たものだった。
実はこの韃靼そば乾麺、もともとはシステマティックレビュー(SR)を根拠に、内臓脂肪減少とは別の機能を表示することが検討されていた。実際に届出資料が消費者庁に提出されてもいる。
だが、「軽い」とは決して言えない不備指摘とともに差し戻された。指摘を覆すためには、指摘は当たらないと主張できる合理的な根拠を提示する必要がある。しかし、それも困難と思われた。
「通常はその時点で諦めると思うんです。ただ、自分たちの韃靼そばを世の中に広げていくためには、機能性表示を行う必要があるという強い意思を持っていらっしゃった。ですから、いっそのこと臨床試験をやってみませんか?と提案させてもらいました」
そのように語るのは、この韃靼そば乾麺の届出が公開されるまでの全行程を伴走支援したビーエイチエヌ㈱(BHN、東京都千代田区)の落谷大輔EBF(Evidence Based Functional food)事業推進室長。
そして落谷氏の提案に乗ったのは、日本で開発された韃靼そばの新品種「満天きらり」の栽培をオホーツク海沿岸の北海道・雄武町で営む農業生産法人、㈱神門の石井弘道社長だった。同社は、延べ420ヘクタールの自社農場で栽培した韃靼そば加工食品の卸販売や通信販売も手がけている。
差し戻しからの大逆転。神門とBHNが実質的にゼロから取り組み始めた機能性表示食品の届出が公開されるまでの道のりはこうだ。

SRがダメなら臨床試験をやればいい
韃靼そばには、ポリフェノールの一種、ルチンが豊富に含まれる。一般的なそばと比べて数10~100倍以上多いといわれ、加工後も含有量は高いままだとされる。そのため石井氏らは、ルチンを機能性関与成分にすれば、自分たちで栽培している韃靼そばを加工した乾麺で血糖値の上昇抑制機能を表示できるのではないかと考えた。試験実施者は第三者だったが、韃靼そばにその機能があることを報告する査読付き臨床試験論文も存在した。
そこで神門は、サプリメントや健康食品に使用する原材料の研究開発、販売などを手がけながら、機能性表示食品の研究・開発から届出までのトータルサポート事業(=EBF事業)を展開しているBHNにSRの実施と作成を依頼。ただ、「論文の内容を見て、率直にいって(届出は)厳しいと思ったし、そのことは石井社長にも伝えました」と落谷氏は語る。
それでも、「届出に必要な情報はすべて揃っていました」(同)。そのため、SRを行い、届出資料を用意して消費者庁へ届け出た。2023年のことである。
その結果は、前述のとおり、厳しめの不備指摘をともなう差し戻し。というのも、SRに採用した前述の臨床試験論文は、届出商品よりも1食分に含まれる機能性関与成分の含有量が多かった。そのため、1日摂取目安量を増やさざるを得ず、韃靼そばに一般的に含まれる糖質を必要以上に摂取することにつながる可能性などを指摘された。落谷氏は話す。
「既存の文献を活用するのではどうにもならない。そのように考え、臨床試験に舵を切ることを提案させてもらいました。石井社長にとっても大きな決断であったはずです」
実現可能性のある魅力的なヘルスクレームは何か
臨床試験を行うにあたり、落谷氏らが最初に取り組んだのは、届け出る機能性表示や機能性関与成分などの再検討だった。
「当社の研究開発部門と連携して、ルチンに関する文献などを調べつつ、マーケティングの観点からも検討しました。その結果、内臓脂肪減少機能を表示できる可能性がある、となった。
ルチンは、ケルセチンに糖が結合したもので、消化の過程で一部がケルセチンに変わることが知られています。そしてケルセチンは、内臓脂肪を減らす働きがあると報告されています。そこで、ルチンだけでなくケルセチンも機能性関与成分にできないか、となりました。
そばはもともとヘルシーなイメージがあります。ですから、韃靼そばと内蔵脂肪減少機能の組み合わせは、マーケティングの観点からも有望ではないかと考えました」
届け出るべき機能性表示と機能性関与成分はおおよそ決まった。一方、その検討と同時に進めていたことがある。内臓脂肪減少機能を検証するための臨床試験デザインの検討だ。落谷氏らEBF事業推進室のメンバーは、もともとサプリなどに特化した民間の臨床試験受託機関(CRO)に所属。そのため、臨床試験の設計から実施、そして論文化までの支援を得意とする。
「私たちのこれまでの経験や、内臓脂肪減少機能が検証された過去のさまざまな臨床試験データなどを参考に、被験者数、摂取期間、検査項目などを決めていきました。ただ、難しかったのは、試験食品が乾麺だったことです。
そこで、毎日朝食を食べる習慣があり、自宅で調理が可能な被験者を募集し、実際に毎日茹でて摂取してもらうスタイルを採用しました。被験者の皆さんにとっては面倒だったと思いますが、実生活に則したかたちで有効性を検証したかったんです。ドロップアウト(試験から脱落する被験者)を極力出さないように工夫しました」
CROではないから出来ること多い
その上で、韃靼そば乾麺を機能性表示食品として届け出るために「最重要」ともいえる仕事に取り組む。乾麺としてはもとより、実際に茹でて食べるときの機能性関与成分の含有量の規格化だ。含有量が下方にバラつくと、市販後に届出の撤回を余儀なくされるなど大きな問題が生じる可能性がある。
落谷氏らBHNは、過去のロットにさかのぼりながら乾麺とゆで麺の両方について分析を繰り返し実施。その結果、バラつきを考慮に入れても、茹でた状態で600㎎以上を規格値にできることを明らかにした。市販後も、その値を下回る製品が出荷されることのないよう、定期的な分析が求められる。
「臨床試験やSRなどを受託できる企業はいくつもあります。ただ、それらに加え、素材開発から品質管理までを一気通貫的に行えるのが私たち独自の強みです。BHNには独自素材を生み出すためのノウハウがあり、分析体制も整えているからです。最近、最新鋭の分析機器や測定機器などを取り揃えた研究開発センターを横浜に開設しました。それに、最終製品のOEMも本業にしています。
機能性表示食品にはさまざまな要件が求められますが、その中で私たちは素材と最終製品の開発から臨床試験、論文化、届出、さらに販売後までをトータルにサポートできる。そういったことができるのは、CROと原料とOEMの各業態が一体化したBHN(のEBF事業)以外にはないと思っています」(落谷氏)
諸々の準備を終えた神門とBHNは、23年7月から12月まで都内で臨床試験を実施。その結果をまとめた論文は、「韃靼そば『満天きらり』の摂取が健常な成人男女の内臓脂肪に及ぼす影響─ランダム化プラセボ対照二重盲検並行群間比較試験─」の題名で翌24年9月、『薬理と治療』に掲載された。
そして今年4月、神門が届け出た『プレミアム韃靼そば乾麺』の届出情報を消費者庁が公開。前述の論文を科学的根拠とするかたちで同社が届け出た機能性表示は、「本品には韃靼そば由来ルチン、ケルセチン(ルチン換算として)が含まれるので、BMIが高めの方の内臓脂肪を減らす機能があります」だった。届出番号はJ1174。韃靼そば乾麺の届出はこれが初とみられる。

地域が抱える「良い素材」をどう生かすか
「うちは小さな会社ですからね、(臨床試験は)大きな投資でした。ただ、(韃靼そば乾麺の機能性表示食品は)他になかったですし、健康効果をうたうのであれば機能性表示食品にする必要がやっぱりあるだろうと。それに、取引先からの要望もあったんです。『ルチンが多く含まれるのだから機能性表示食品にできるのではないか』とね。
(届出公開後の)取引先の反応ですか? 良いですよ。おかげ様で今年の出荷量は2割くらい伸びそうです」
そう話すのは、神門の石井社長。現在、韃靼そば乾麺の加工工場の建設を雄武町内で進めていて、それが稼働すると、韃靼そばの栽培から製粉、乾麺加工までを自社で一手に行えるようになるという。
「この秋にも出来上がる予定の新しい工場は、有機加工施設としての認証を取得する予定です。そうすると、うちの『プレミアム韃靼そば乾麺』は、機能性表示食品プラス有機認証食品として販売できるようになる。海外輸出にも弾みがつくと期待しています」(同)。
一方、BHNの落谷氏はこう語る。
「EBF事業は2022年にスタートしたのですが、これまでは臨床試験だったり、SRであったりを単発で受託するのが中心で、臨床試験から届出までをフルパッケージでサポートするのは神門さんが初の事例です。EBF事業はそれを行うことを目的に立ち上げられましたから、神門さんの届出によって事業に弾みがつくと期待しています。ただ、届出が済めば終わりでありません。今後は、神門さんの韃靼そばの販促支援も含め、今回のプロジェクトサポートをさらに推進していきます。
機能性表示食品は、制度が改正されたことで、中小企業にとっては対応が難しいものになったように感じます。でも、良い素材と強い想いさえあれば、(届出と販売は)十分可能だと思います。機能性表示食品は今でも成長分野であるはずですし、地域が抱える良い素材を生かすためのツールとしても可能性があります。私たちのEBF事業が、地域発の良い素材を世の中に広めるための架け橋になれれば嬉しいですね」
【石川太郎】
(冒頭の写真:神門が届け出た『プレミアム韃靼そば乾麺』の表示見本。消費者庁の届出データベースから)
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